第198話:告発の時
高い位置に縛られている、フラウの足元にはボクが。その板を支えている両脇の柱には、コニーさんとミリア隊長がそれぞれ縛られた。
辺境伯はそれぞれの兜を取るように指示して、近くに居た兵士がそれを実行する。
「一人はまたキトルか。女ばかり、いい身分じゃないか。程を知ってはどうだ」
そこには一つ誤りがあるのだけれど、それはともかくリマデス辺境伯はボクを
これだけいつも女性と居るのなら、フラウ一人に構うことなどないだろうと。今あるもので我慢しておけと。
子どもの躾でも、しているつもりだろうか。
それとこれとは違う。
仲間が近くに居ることと、好きな人の傍に居たいこととは全然違う。比べるものでさえない。
高い身長から蔑むように見る目を、ただ黙って見返した。
その瞳はぎらぎらとして、生気が炎として揺らめいているかと思わせるものだった。むしろそれは熱すぎて、強すぎるとも感じた。
そこへ駆け寄ってくる兵士があった。
たぶん伝令だろう。十歩ほど離れた場所に膝を突いて、ボクたちが居ることに気を遣っているらしい。
「構わん。言え」
「はっ。東に遠征しておりました、騎士団と第三軍が戻りました」
「そうか、いい頃合いだ──居るのは確認したか?」
「しかと」
確かに遠くメルエム男爵の部隊よりも更に向こうに、人の群れが見えた。
その数は第三軍だけでも、二万を超えると聞いている。
健在ならば、辺境伯優位に進んでいたこの戦いの立場を逆転させることになるだろう。
そう。戦力が健在ならば、だ。
あの軍勢はラシャ帝国からの攻勢を退けるために、東へ行っていた。
しかし守りの要だったワシツ将軍は、辺境伯の謀略によってジューニを落とされた。
常に王軍とジューニとの二正面作戦を強いられていたラシャ帝国は、王軍との戦闘に専念することができたわけだ。
その結果がどうなるか……。
元へ戻る伝令を見送った辺境伯は、イスタムに何かを命じる。
そのイスタムが、近くに居た隊長格らしい人にまた何かを命じると、六人の兵士が集まった。
六人はそれぞれ、対角線を白と黒に染め分けた旗を持っている。
「あの旗は──?」
「
独り言というか思わず口から漏れてしまっただけだったのだけれど、ミリア隊長は答えてくれた。
なるほど、あの旗を持っている人をむやみに攻撃するなという印だ。
でも六人も居る意味があるのか? それだけ必ず伝えなくてはならない用件、ということだろうか。
その六人がばらばらの方向に散ると、辺境伯も歩き出した。
ボクたちなど、もう忘れてしまったかのようだ。お目当てが戻ってきた以上は、関わっている暇なんてないのだろうけれど。
「逃げられんように気をつけておけ、こいつはただ者じゃないぞ。何せ俺は、昨夜こいつを殺したはずなんだからな」
しっかり覚えられていた。
機嫌良さそうに笑って、辺境伯は前へと進む。あの人が歩くと、前を向いていた兵士もお互いに声をかけあって道を空ける。その様子は暴君を恐れてのことには見えず、高く敬意を持っているように見えた。
一つ前の隊のところで、辺境伯は足を止めた。あの辺りから僅かながら下りになっているので、ここよりは見通しがいいのかもしれない。
そのまましばらく、辺境伯は戦場を眺めているようだった。
兜も着けず、堂々と身を晒して、その脳裏にどんなことが浮かんでいるのか、伺い知ることはできない。
何のきっかけがあったものか、リリックがラッパのような物を手渡した。ラッパといっても、薄紙をくるりと斜めに丸めれば出来そうな単純な形の。
それはおもむろに、口の辺りへ持っていかれた。
「戦場を駆けずり回る諸君、聞こえるだろうか?」
辺境伯は、武人らしい声を張った。
しかも不思議なことに、言った内容が少し遅れてもう一度聞こえてきた。それも遠く離れた位置で、音源も複数あるようだ。
この分だと、戻ってきた王軍にも聞こえているに違いない。
「俺はブラム・マルム・アル=リマデス。この国の北を預かる、リマデス辺境伯家の当主だ。この声は、多少の小細工をしてくれる
玩具って、そんなことが出来る物を見たことも聞いたこともないけれど──。
でも想像するには、さっきの軍使にその玩具を持たせて、あのラッパみたいな物で話すとこうなるのだろう。
「これから話す内容を語っているのが、俺自身でないと疑う者も居るだろう。その場合には全てが終わったあと、遠慮なく尋ねてくれ。俺は何度でも真実を語ってやる」
刃を合わせて戦っていた兵士たちに届くほどの音量ではなかった。
しかし周囲が気付き、段々と戦闘の中心にまで伝わっていく。戦いの音は、静まっていった。
……やはりここが、辺境伯の選んだ断罪の地だ。罪深い人をここで暴き、知らしめて、然るべき運命を辿らせようと、そう考えたのだ。
東から戻ってきた王軍には、ヴィリス王子とリンゼ王子が居る。
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