第196話:目撃
メルエム男爵と、リマデス辺境伯。それぞれの部隊による戦闘は、膠着状態に陥った。
新たにワシツ将軍や子爵たちの部隊も加わったものの、後者の動きがすこぶる鈍い。ど素人のボクにでさえ、勝とうという意思が見えない。
辺境伯はこれらに対して、それぞれ正面を構えて堅守の姿勢だ。時間をかければかけるほどに味方が増えるのだから、焦る必要がない。
そんな中、ボクたちはフラウの縛られている板に近い、リマデス辺境伯の手勢の中で最も後方の部隊に紛れていた。
元居た位置からマイルズさんたちと一緒にかなりの遠回りをして、少数で警戒に出ていたら敵に見つかって追われたという格好で陣に近付いた。
案の定、辺境伯の兵士が救助に来てくれたのでまんまと成功して「元の部隊に戻ります」と、すぐに今居る位置まで来たのだ。
これはミリア隊長が、後方の部隊も偵察や裏取りを恐れて警戒を怠ることはない、と教えてくれて立てた作戦だった。
しかしやはり、ここまで来てもフラウの救出にはまだ距離がある。
いやもしも距離が全くなかったとしても、フラウの周囲を守るためだけの兵士が百人以上は居る。
この中を助け出すのは、まだ無理だ。でもここに居るだけならば、正体がばれる心配はなさそうだ。
この場にある辺境伯の手勢には、後方支援をする隊が居ないらしい。
それでも怪我をした兵士に、手当てをしたりする必要は出てくる。それをこの後方の隊が担っている。
このことを利用して少しずつ、フラウの居る辺りへ近付こうとしていた。
それにしても――鎖帷子の付いた兜が、頭と首に相当の重労働を強いている。
同様の鎧もコニーさんが拾ってきてくれた物だけれど、最初は血に塗れていたのもあって違和感がすごい。
そうでなくともこの重量で、よく長時間の戦闘に耐えられるなと思う。
すぐ隣にはコニーさんとミリア隊長が居るけれど、ボクと同じく鼻筋を隠す形の兜を着けている。
これではよそ見をしている時にさっと入れ替わられたら、気付かないかもしれない。
「よし、大丈夫!」
手早く包帯を巻いたミリア隊長は、結構派手に流血していたはずの場所を平手で叩いた。
「痛っ! ──ありがとう!」
叩かれた兵士も顔を歪めつつ、苦笑を浮かべてまた戦線に戻っていった。
「手慣れていますね」
「まあ、それなりです」
慣れるだけの経験が、彼女にもあるということだろう。
女性は家にこもっていろとか言う気はないけれど、彼女を大事に思う人は気が気でないだろうと思う。
「叩くのは酷いと思いますが」
「いやあれには、意味があるのですよ」
「え、景気付けとかです?」
「あれで痛がらないようだと、どこか麻痺しているのですよ。正常な判断が出来ないので、戦闘には復帰できません」
コニーさんも、うんうんと頷いている。
へえ、あの兵士もそれを分かっていて、だからお礼を言ったのか。
感心しながら、次の怪我人を探す。
応急措置をするミリア隊長と、薬を持っているコニーさん。その手伝いとしてボクの三人が、セットであると周囲が見てくれている。
それをやめてしまうと、ちょっとこっちを手伝えとか、誰かが連れて行かれてしまうかもしれない。
重要な意味があってそこに置かれているフラウの周りには、怪我人が連れて来られることもない。
長い槍を振り回しても当たらないだけの距離を空けて、大盾を持った兵士と槍を持った兵士とが取り囲んでいる。
ボクたちはその周りを、治療隊みたいなことをして時を待った。
今は敵であっても、彼らも王国の兵士であることには変わりない。特に老練の人たちなんて、北からの侵攻をどれだけ防いできてくれたのだろう。
そう思うと、治療を疎かには出来なかった。血を拭いたり、鏃を抜いたり。ボクの手も腕も顔も、黒っぽい茶で染められた。
そのまま、どれくらい経っただろう。正確には分からない。最後方のここに来るはずのない、想定外の人物が現れた。
イスタムとリリック。
辺境伯の直近で護衛に就いているはずの彼らが、なぜ……。
「おい!」
昨夜は一言も発しなかったリリックが、大きな声で兵士を呼んだ。呼ばれた兵士は緊張した面持ちで、二人の前に膝を突く。
その頭に、イスタムは何かを載せたようだった。するとすぐに、その兵士はまた立ち上がる。
「あれは……」
「どういう奇術でしょう──」
ボクは驚きの言葉を思わず漏らし、ミリア隊長もそう問いかけずにはいられなかったらしい。
兵士の姿は、先ほどとはまるで違っていた。見間違いか、錯覚か。何度も目を擦っても、そうとしか見えない。
その姿はリマデス辺境伯。それ以外の、何者でもなかった。
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