第195話:盗みだす方法

「これで戦力的には拮抗したと言って良いのかもしれませんが、大胆なことを考えますね」

「大胆?」

「だって、そうでしょう。彼らは戦闘のどさくさで、エリアシアス男爵夫人の命を狙いかねない」


 気付いていてそれでもそうしたのでしょうと、ミリア隊長は言った。

 確かにそれは否定しない。でもきっと彼女は、ボクがフラウのことよりも先に、戦闘を有利にすることを考えたと思っているのだろう。

 それは違う。大胆どころか、姑息な計算だ。


 大きな力と大きな力がぶつかる中ならば、フラウを盗み出す小細工もやりようがあると考えた。

 ボクはこれでも、盗賊団の一員なのだ。

 その片棒をこの人たちに担がせるのもどうかなという思いもあるけれど、救出という言葉に書き換えてもらうことにしよう。


 さあ私たちが知っているのはここまでです、と。今だけの部下たちの顔が語っている。これからどうしますか、とも。

 もちろんここからがボクにとっても重要な場面で、この先がうまくいかなければ何の意味もなくなってしまう。

 だからつまり、これからやることは……決まっていない。


 仕方がないじゃないか。今この状況が演出されたのは確かにボクの発案からだっただろうけれど、そのほとんどが思いつきなのだ。

 思いついて、すぐに動いて。目の前にやること以外の準備なんて、やる暇も考える暇もなかった。


 うん、これは言いわけだ。実際にそうだったとしても、そう言ったところで何も好転しない。フラウを守ることはできない。

 ボクがフラウを盗み出さなければ、誰もそれを代わりにはやってくれない。


 あ、いや。頼めばやってくれそうな人は居るか――。

 でもそれでは意味がない……何だか締まらない……。


 さておき、どうするか。

 ボクには、あれこれと技術はない。一所懸命に走って、縛っているロープを切って、また走って逃げるという当たり前のことだけだ。

 集団に紛れて近づくという方法は、もうやってしまったし――。


 ……よし、こうしよう。


 まず現状は、岩盤回廊の下をくぐってきたリマデス辺境伯が、カテワルトを背にしている。それを待ち構えていたメルエム男爵の隊がその正面で、両者はもう戦闘に入っている。

 南側の側面にはワシツ将軍と子爵の連合部隊が居て、隊が整ったら前進を始めるだろう。

 この状況の中、フラウは辺境伯の軍勢の後ろ。町に近いほうに、捕らえられている。


 当然に見張りは近くに待機しているだろうけれど、軍勢の真ん中に居るわけじゃない。

 つまり後ろからならば、手薄ということだ。


「いい案を思いつきましたか?」

「え――まあ」


 何も考えていなかったことが、ばれている。うろうろと落ち着きなくしていたから当たり前か。

 しかしもう思いついたのだから、問題ない。


「まさか敵陣の後ろに回れば手薄だ、とかいう話ではないでしょうね?」

「…………いやそんなまさか」

「――それは良かった。手薄なのは間違いないでしょうが、五人や六人が囲まれてしまうとどうにもなりませんからね」


 ですよね──。

 団長やメイさんみたいにでたらめな強さがあればどうにかなるけれど、この場に居る六人でそれはできない。


 訪れるはずの、次の展開を待つというのも有りか……いや、それでは逆にフラウに注目が集まってしまう。

 まだもう少しかかるだろうし、それまで子爵たちが何もしないとは思えない。


 ん……?

 そうか、これならいけるかもしれない。


「マイルズさん、お願いがあります」

「何ですか?」

「フラウを射殺いころしてください」


 さすがに少し驚きはしたのだろう。二拍ほどの沈黙があった。

 それでも温和そうな表情にそれほどの変化はなく、首の後ろを掻いただけだった。


「フラウとは、男爵夫人のことで良いですか? それと、もう少し詳しく説明してもらえますか」

「ええ、そうです。マイルズさんたちは五人で、子爵たちの部隊に混じってください。そこでフラウに向かって弓を射るように唆すんです」

「すると、どうなります?」


 言ってから確認するのもなんだけれど、ミリア隊長たちに弓の用意はない。

 先んじて射てしまうというのは出来ないけれど、それはどうにかしてもらおう。


「フラウだけを狙っては意図の隠しようがなくなるので、その周り一帯に矢を降らせることになりますよね」

「その混乱に乗じるということですか。問題が二つ有りますね」


 マイルズさんは拳をボクに見せて、指を一つ立てる。


「矢を降らせるには、届く距離まで陣が動く必要があります」

「ワシツ将軍からの密命だと言って、動かしてしまえばいいでしょう。弓を持たせている子爵が、一人か二人動けば十分です」

「その場合、私たちやワシツ将軍の責任は?」

「ボクたちの顔なんて、誰も覚えていやしませんよ」


 マイルズさんは、視線をミリア隊長に移した。頷くと、彼女も頷き返す。

 いいだろうということだろうか。


 その答えはないまま、マイルズさんの指がもう一つ立てられる。


「仮にも戦場ですから、矢を射られるくらいは当たり前のことです。それほどの混乱は、期待できないと思いますが」

「いいんです。少なくとも、フラウに矢がたらないようにはしないといけないでしょう?」

「それは、まあ」


 話を聞いてはいるのだろうけれど、暇そうにあっちやこっちを眺めている人が、この場に一人居た。

 その人に顔と意識を向けて、ボクは言う。


「そこで、コニーさんの出番ですよ」

「ん、なあに?」

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