第194話:変わる流れ

「この兵隊の兵長を任されている、マイルズといいます」


 その兵は、そう名乗った。のほほんとした口調で、フラウの姿を目にして焦るボクに苦笑を漏らす。

 腰にある舶刀には見覚えがあった。アッシさんの作った物には必ず施されている、樹木の芽の彫りもある。


「気持ちは分かります、他のことは考えないでいいですよ。その代わり、じっくりいきましょう」

「じっくりって、そんな悠長な」


 ボクの苦言など聞こえていないように、彼は「まずはあちらへ」とエコの頭を向けて進みだした。


「若いですが腕やら何やら、色々と確かですよ」


 渋々ついていくボクに、ミリア隊長が並んで言う。

 本当かなあと疑わないでもないけれど、それより前にあなたも若いでしょうにとも思う。


 そのまま何の説明もされないまま行ったのは、海の方向だ。

 アーストゥードはしばらく海に面して走るので、方向も何も海はずっと見えているのではあるけれど。

 しかし海に至る前に、首都とカテワルトの間を流れる東フォセト川にぶつかった。


 遠く北から流れてくるフォセト川は、首都の北西辺りで二手に分かれている。そのまままっすぐ海に向かう西フォセト川と比べて、こちらは少し狭まって流れも速い。


 そういえばこの川も、岩盤回廊の下を通っているのか。

 回廊の下を縦横無尽に走っている通路から、川の存在を感じることはない。水がたくさん溜まっているところはあるので、もしかすると多少は伝ってきているのかもしれないが。


「ここで少し待ちましょう」


 フラウのことが、気になってならない。

 こうしている間にも、メルエム男爵は命を削るように戦っている。

 こんなことをしていていいのかと、焦りが苛々に変わっていくのが自分でも分かった。


 フラウのこと以外は考えなくていいと言われたけれど、これはフラウのことに違いないだろう。

 そう思ってミリア隊長とマイルズさんの顔を、交互に見た。何度も見た。


「頑張って待ちましょう」


 頑張って――何を?


 とぼけているわけではなく、マイルズさんは本気でそう言っているようだった。両手に拳を作って、ボクを励ますような素振りを見せている。

 ミリア隊長はミリア隊長で、それをにこにこと見守るに徹している。


 この二人。人をからかおうとか考えなさそうなのが、逆にやりづらい。


「来たみたいだよお」


 また数分を待っただろうか。コニーさんが、知った風に言った。

 何があるのか知っているなら、教えてくれればいいのに。まあボクも聞かなかったけれど。


 というか来たって何が? どこから?


 コニーさんの視線を見ると、上流を見ている。そこは地面よりも低い位置を流れているので、うねった先は死角が多くてよく見えない。

 でも彼が言うなら、嘘ではないだろう。今は何も見つけられないその辺りを見つめた。


「やあ本当です」


 マイルズさんがそう言った時、ボクも見つけていた。

 川を下ってくる、たくさんの兵士。その先頭には、ワシツ将軍の姿があった。


「将軍!」


 ボクたちの居る辺りでは、地面と水面が近くなっている。将軍はすぐに目の前に辿り着いて、地面に降り立った。


「助かった。さらば同胞よ」


 そのまま流れていく筏に、将軍は頭を下げて見送る。急拵えで作った割には、立派な筏だった。

 更にそれは一つではなく、次々と兵士をこの場所に送り届けてくれる。


「数日前にも、あれで川を渡ったのだ」


 なるほど、それであんな場所への登場となったのか。

 それにしても、よくここへ現れることが分かったものだ。男爵にだって、こちら側へ辺境伯が現れるとしか言っていないのに。


「将軍はあれで派手好みでいらっしゃる。と、副軍団長は仰っていました」

「へ、へえ。そうなんですね」


 屋敷はそうでもなかったけれど、戦闘に関してということだろうか。


 人数の揃った隊から、川沿いをさかのぼるように進まされた。東に男爵、西に辺境伯という位置で戦っている側面に、圧力をかけようということだろう。

 そういうことは将軍が先頭に立ってやるのかと思えば、この場に残るようだった。

 その役目は百人隊長の面々に任せるらしい。


 そうする理由は、すぐに分かった。

 やってくる兵士は、いい加減に多すぎないかという人数になっていた。用意されていたという筏でもなくなって、丸太を二本束ねただけの物になった。

 その合間に、将軍が乗っていたのと同じような筏がまた一つだけやってきた。そこに乗っている中に一人、明らかに他と違う装備をしている人が混ざっていた。


「頼みますぞ」


 その人が上陸すると、将軍が歩み寄って手を取り、握手をして肩を叩いた。向こうは何だか、嫌がっているように見える。


「約束を守っていただけるのであれば」


 それだけを言って、その人は自分の部隊をまとめに行った。


 そうか、やはり快くとはいかなかったか。

 どれだけの秘密を辺境伯に握られていても、全て不問にすると将軍が約束したはずなのだけれど。

 その言葉以外に何の保証もないのだから、ここに来させただけでも将軍の苦労が偲ばれるというところか。


 フラウを使って、何某かの弱みを握られた子爵たち。辺境伯の率いる軍勢を一度は素通りさせた彼らをここで戦力とするのが、将軍に頼んだまず一つ目だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る