第192話:巨岩の迷宮
「どうやって?」
コニーさんの気付いたことを伝えると、男爵は訝しむ顔をしながらも簡潔に聞いた。
どうしてそうするのか、とか説明を求めたり。そんなことが出来るはずはない、と決めつけたり。そんなことはせずに、ただ方法だけを聞いた。
「岩盤回廊の下をくぐる道があります」
「そんな物が? よし、行こう」
即決だった。
むしろこちらが「すぐに動いていいんです?」と聞いてしまったくらいだ。
「もうそれなりの時間を使って考えた。それでも違うというなら、やはりここでどれだけ考えても思いつきはしない。大丈夫、天に昇ったり地に潜ったりというのでなければ、他に行く先はないよ」
自信を持てと励ますような言葉まで、おまけについてきた。
ボクも間違いないとは思っているけれど、そうまで言われると逆に辛くもある。ボクが自分で考えついたことでないのが尚更だ。
「悩むのは全て終わったあとですることだよ」
言い終えるのと一緒に「はあっ!」と気合いを入れて、男爵は駆けだした。もうそれほどの距離もないので、どんどん速度を上げている。
従っている警備隊の面々は普段の上司と勝手が違うのか、慌てた様子であとを追い始めた。
彼らのことを、最初は影たちと同一視していた。
しかし聞いてみれば男爵もそうだと思って探りを入れてみたものの、裏も表もなく港湾隊の隊員と同じ普通の兵士だったそうだ。
ただ、今も男爵のすぐあとを追っている兵士。伝令役でセフテムと名乗ったその人だけは、油断がならないと思えた。
「アビスくん、置いていかれてしまうよ」
「あっ、はい」
言われて見ると、もうすぐ近くにはミリア隊長たちしか居なかった。コニーさんまでが、少し先をとっとこ走っている。
ボクも慌てて「急ぎます!」と、あとを追った。
カテワルトの北門と岩盤回廊との間には、通関がある。
首都と行き来する人たちのチェックを行うのもそうだけれど、カテワルトを経由せずに東西を行き来したい人たちも、そこを通らなければならない。
もちろんこの非常時にそこは封鎖されているけれど、そこを通ろうとして通れるものじゃない。
見通しはいいのだから、そこへ辿り着くまでに何らかの対応をする時間は十分だ。
つまり反乱を起こしたリマデス辺境伯がそこを通ることはできない。強引に通った形跡もない。
だからカテワルトの向こうには行けない、と考えるのが普通だ。
「こんな道があるとはね……」
エコを乗り捨てて進む中、ボクの後ろを進む男爵はそう感嘆の声を漏らした。
確かに珍しい光景には違いない。他に類を見ない、一つの巨大な岩塊である岩盤回廊。その下部にこんな通路があるなんて。
通路の幅は、エコが並んで二頭通れるくらいには広い。しかし進めば進むほどに枝分かれして、上り下りもある。
巨大な虫が食い荒らしたようなそれは、単に迷路と呼ぶには足らず、迷宮と呼ぶに相応しい複雑な構造をしている。
「これは興味本位で入れる場所ではないね」
「ええ、特に何のいいこともありませんしね」
ボクはこの中の全てを知っている。滑らかな岩肌が天然の罠になっているようなところも多いこの場所に、得る物は何もない。
せいぜいが隠れ家に使えるくらいだろうけれど、それさえもないのだ。
「おいらもこの中は、よく分かんないんだよお」
「へえ――それは怖い」
うちの団員たちでも、よほど興味を持って中を調べたような人以外はここを通ろうとは考えない。
普通に方向感覚を持った人が、地図を持っていても迷うほどだ。
しかし二時間ほどの後、ボクたちは通路を脱出した。
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