第191話:目的地

「それは──間に合うでしょうか」

「分かりません。もう少し早く気付けば良かったんですが」


 ボクとコニーさんも含めたメルエム男爵以下の部隊は、離れた場所に置いていたエコに乗ってエストトゥードを東に急いだ。

 ただ、走る距離は長い。飛ばしたいのは山々だったが襲歩しゅうほとはいかず、駈歩かけあし程度だ。


 一人一頭を貸してもらうなんて、エコが足らなくなるのではと最初は遠慮した。

 しかし「どうせもう、人間のほうが足りません」というミリア隊長の言葉を聞いて、その問答はそれきりしなかった。


「何を言いますか。それを言ったら、こちらが気付かなければいけなかったんです。一般市民に教えられるなんて、副長も隊長もなっていませんね。もちろん小官もですが」

「いやそんな、ボクは──」


 ミリア隊長が言っているのは、ボクが気付いてワシツ将軍や男爵を動かした件だ。


 ボクとしては解決策のほうに重点があるのだけれど、将軍と男爵には差し迫った事実のほうが急務だっただろう。

 その後のことは、またその時でいいと考えていてもおかしくない。


「いや失礼。一般市民とは言えませんでしたね」

「え、あ──まあ」


 悪戯っぽい笑みに戸惑う。

 ボクが自重気味なのを見て言ってはくれたのだろうけれど、どうして笑えるのだろう。

 仕事熱心な彼女が、目の前の現実を軽く見ているとも思えない。


「笑うというのは、不思議なものです。緊張したり、怖くて縮こまっているような時でも無理矢理に笑えば、何とかなるかなと思えてくるものです」

「そんなものですか……」


 それはもう彼女にとって気休めでなく、当たり前の行動になっているのだろう。前を向いていながらも、ずっと微笑んでいる。


「大陸一のくそ度胸の持ち主には、そんな必要はなさそうですけど」


 何だかすごく「負けた」という気分になって言った。

 でもそれでうっかり笑ってしまって「まあいいか」と思うと、重い気分が少しごまかされた気がする。


「どこで聞いていたのやら。一本取られましたね」

「いえいえ、ありがとうございます」


 目の前にあるあれやこれや、難題は変わらない。

 でも暗いままの気持ちで当たるのと、少しでも上向いた気持ちで当たるのとは違うだろう。


 だからお礼を言ったのだけれど、さすがにそこまでは分からなかったらしい。ミリア隊長は何のことやらという表情で、肩を竦ませた。


 この先には、カテワルトの町がある。その隣には、首都がある。

 この先に、リマデス辺境伯が居る。

 急がなければ間に合わない。間に合ったところで、手も足も出ないかもしれない。

 でもそれは、追いついた時に考えればいい。




 先頭を走る男爵がエコの脚を緩め、止まった。続いていたボクたちも、同じように止まる。

 伝令から受け取った望遠鏡を覗いて、男爵は呻くように言った。


「居ない……」


 もうすぐそこに、カテワルトが見えている。まだ距離があるとはいえ、望遠鏡やボクの目には首都も見える。

 首都に向かう背中が見えるはずの、辺境伯の軍勢が居ない。


「ボクの予想が間違っていたんでしょうか……」

「いや、そうではないと思うんだが──」


 男爵の言葉が途切れる。そうは言っても、事実として相手が見えないのだから仕方がない。


「門衛に確認を」


 判断に困りながらも、男爵は兵士を走らせた。

 門は固く閉ざされているだろうけれど、誰も外を見ていないなんてことはないだろう。


「王軍をおびき出しておいて、辺境伯は直接こちらに来る。奇策ではあるが理に適っているし、そうしていると思う。ただ──目的地が首都ではなかったようだ」

「既に侵入……どこか抜け穴でも」


 ミリア隊長の仮説には「それはないだろう」と否定があった。

 確かにこんなに短時間で城門が落とされるはずはないし、数千人が通れる抜け穴なんてものも有り得ない。


 彼女もきっと、そうに違いないと考えて言ったのではないと思う。

 難問を前にそれぞれが黙って考えていても、進展は少ない。ある程度の可能性があるなら、何でも言ってみたほうがいい。


 でもボクには、言ってみる程度の予想さえ浮かんでいない。考えろ、考えろ、と。その言葉を自分に向けて、虚しく繰り返すだけになっていた。


「もう一度考えよう。辺境伯は、ここへ何をしに来た?」


 同じく思いつかないのか、男爵が言った。互いに情報を洗い直して、落ち着いて考えようということか。


「もちろん、王さまを捕らえるためです」

「捕らえる──そうだな、まずは弑逆するためではないだろう」

「そ、そうですね。要求する相手が居なくなってしまいます」


 辺境伯は王子を始めとした王族に対して、恨みを晴らしたいはずだ。

 どう考えたってそれ以外にないし、そうするなら今向かうところは首都しかない。


「ねえねえ」

「どうしたんです?」


 成り行きを見守るようにしていたコニーさんが、ボクの隣にエコを寄せた。


「思ったんだけどお、あっちじゃないかなあ」


 そう言ってコニーさんが指した先には、カテワルトがある。

 普通に戦争をするなら、カテワルトを落とすことで港が手に入るとかあるだろう。

 でも今、辺境伯がそれを必要とするだろうか?


「どうしてです?」

「だってさあ──」


 コニーさんは、天才かもしれないと思った。

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