第188話:執事のお仕事ー11
執事は焦っていた。
キトルたちは結果として、思うように動いてくれている。彼女らは盗賊などという身分でありながら、人を陥れたり出し抜いたりということを好いてはいないらしい。
それは有難い誤算だった。
しかしそれを利用して正体不明の少数による攪乱という、正規の軍勢としては対応の面倒臭い状況を作っているのに関わらず、リマデス辺境伯を捕捉できない。
その一つの要因は部下のオクティアが種明かしをしてくれたものの、それだけではないように思えた。
婚約者の仇討ちに燃えた、若い領主の暴走。
せいぜい贔屓目に見ても、そうとしか言えない反乱だと判断していた。これは執事の主人とも、見解が一致している。
年齢で言えば、辺境伯と主人とはかなり近い。
しかし「激情に任せて、重要な部分を全て自身でやろうというのが青いのだ」とは、主人の言だ。
ユーニア子爵家は軍勢を動かすまでの工作を担当し、ディアル侯爵とサマム伯爵はその援助をする。
実際に反乱という行動に及んだ際には、首都内の治安維持のために警備隊を配置し、外の状況に応じられるようにしておく。
そういう役目を担っていた。
それ以外の部分。
例えば勝負にならないほどとは言えない優位性を以って、どう王軍を攻略するのか。
攻略した後に、王族をどうするつもりなのか。
辺境伯自身も含めて、協力している家がそれぞれ何を備え、何をしてきたのか。
そういったことは、知らされていない。
伯爵家については、概ね把握している。物や人を調達していたのだ。
領都のサマムは大きな町だ。しかしその先には、ディアル侯爵領のチャビ。辺境伯領のアクシラ、ベンディと続く。
より大きく、首都から離れているために高く売れる。商人はなるべくなら、それらの町で品物を卸したい。だからサマムでは、売りを控える傾向にある。
このことを常々、サマム伯は腹立たしく思っていた。
その商人たちから有用な品物を調達するように頼まれた伯は、喜んで応じたそうだ。
ハイル丘陵に住みついていた僅か数人の山賊たちを討伐し、雇ったごろつきたちを代わりに置いた。
侯爵家は主に軍勢の増強を図っていたらしいが、詳しくは分からない。
領都のチャビはロンジトゥードとエストトゥードを斜めに結ぶ、メディオトゥードの片端となっている。
もしもこの国の南が海でなく陸地であったなら、首都になっていてもおかしくない立地なのだ。
そういう国内交通の要所であるから、多くの人や物が通り抜けていく。それらを吸収していたのだろう。
辺境伯に至っては、全く分からない。
レリクタに関わっていたらしいことは分かるが、どの里に何をさせていたのか。周囲の国と交渉をしていたのも分かるが、いつ、どうやって行ったのか。
辺境伯自身は、何かしていたのかしていないのか。
広大な領地を持つ
分からないことだらけの中でも、最も分からない点があった。
どうして優秀な部下たちの偵察をかいくぐって、ここまでことを運ぶことが出来たのか。
何も知らずにのほほんとしていた首都と違って、こちらは何かしていることだけは知っていたのだ。
辺境伯の日常を見ることは出来ても、これという行動を監視することは遂に出来なかった。
荒唐無稽な話ではあるが、それこそ地下に大トンネルでもあって、建物から一歩も出ずにどこへでも移動が可能であったとしか考えられない。
――そしてそれは、たった今も有効なようだ。
こちらを出し抜いてフラウをさらったかと思えば、また行方が分からなくなった。
執事やその部下たちと同様に、人外と言っても過言でない能力を有するキトルたちでも、あとを追えないらしい。
主人も影たちの能力を頼んだ上で、おかしいと判断した。今も斥候に出ている以外の足を止めて、考えることに集中している。
「――シャナル、フラウのことだが」
「は。何なりと」
「あれは、堕胎したことがあるのか?」
何をどう考えていったら、その疑問が出てきたのか。という疑問はもちろんあったが、主人の質問に答えないという選択肢はない。
「ございません。そもそもが、挿入したと思わせてそうしないという術を心得ております」
「ほう。辺境伯ともことに及ぶと聞いているが、それもか?」
主人が何を不審に思ったのか。
なるほどそんなところに盲点があったかと、シャナルはあらためて主人に敬意を表する。
あらゆる方向に思考の枝を伸ばしているつもりが、年の功を以てしても主人には敵わない。
「――いえ。あれはまた特殊な関係となっておりまして、拒むことが出来ぬようでございます」
「ふむ、別の質問だが――レリクタにはどのような里があるのか知っているか?」
「ご存知のものも重ねて申しますと、武闘、薬毒、
答えながらも、主人の推測を追従して自身でも考えた。
フラウのこととレリクタのこと、これを繋げれば答えが出るのか。或いはまだ他に材料があるのか。
「――なるほど?」
数秒の間を置いて主人が言ったのと、執事が恐らくこうだろうと考えたのはほぼ同時だった。
実行部隊の長として。いやそれ以前に執事として、主人が何ごとかを行う前に先んじておかねばならぬものを。
執事は不明を恥じた。
「どれも怪しげな場所には違いないが、お前はどう思う?」
「閣下、答え合わせをさせていただきたく。同時に推測を言い合ってはいかがでしょう」
主人の幼いころ、そういう遊びはよくやっていた。
執事が懐かしんで提案すると、主人は「子どもじみたことを」と笑ったものの、同意する。
三つ数えたあとに、答えを言い合う。お互いがお互いを気遣って、譲り合うことが出来ないようにするルールだった。
そうでなければ正しい答えが分からないと、幼い主人が自分で言い出したことだ。
「ではいつものように」
果たして三つを数えた次の言葉は――美しくも重なり合った。
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