第187話:全てを救う策

「兄が妹を犯して、それを原因に妹は自殺……。そんなことがあるんですか」

「あくまでも噂だ。儂はその時も首都に居なかったからな。ただ毒物を使われたのは間違いない。こういう症状に心当たりはないかと、儂のところにも確認が来た。もちろん王女殿下のことであるのは伏せられていたが」


 実の妹でないというなら、ボクにとってのコラットと同じだ。

 ボクは彼女に恨みどころか、助けられてさえいる。それをどうにか疎ましく思ったと想像しても、嫌がらせをしようとはどうしてもならない。

 これは単に、ボクの性質がそうというだけか。


「王妃は何も仰らなかったんですか」

「内々で調べてはおるだろうが、表向きには何もな。陛下が老いてからの後添えとあって、王妃殿下の立場は弱いのだ。これまでそのことについて、是とも否とも発言されたことさえない」

「母親は耐えて、婚約者はずっと恨みを保ち続けていたというわけですか」


 恨みをこんな形で晴らすことが良いかどうかは別にして、どちらの心情が理解できるかといえば後者だ。

 親子も恋人も同じ愛という言葉で括られるのに、それほど違うものかと呆れてしまう。


「それは――いや、そうなるな」


 何やら否定しようとしたらしい。将軍は、膝から上げかけた腕を下ろした。

 まだ話していないことがあって、そうでないと言えるのか。それとも立場的に、王妃を悪く言われたくなかっただけなのか。

 どうであれ、迎合する返答をした以上はそこを聞いても答えはないだろう。


 考えれば考えるほど、誰も救えないし救われない。

 蓋を開ける度に、そこに居る人物が全て許され難い秘密を抱えている。そうでないのは、ユヴァ王女くらいのものだ。

 この事態の落ち着く先というのが、どうやっても想像できなかった。


「それにしても、血だらけの顔ですか。どうしてそんなことに」

「包帯を直そうとしたなどとは誰も信じておらんが、合理的な理由もまた分からんな。激しく抱きしめたとしてもそうはならんだろうし、血を吸う魔獣に憑かれたのではないかという与太話があるくらいだ」


 くだらない噂を流すものだと、将軍は横に首を振った。ボクも同じく首を動かして、こちらはコニーさんのほうを見る。

 将軍に聞いても自分でも分からないのであれば、あとはコニーさんしかこの場に聞ける人は居ない。


「ん? そんなこと分かるわけないでしょお」

「ですよね……」


 分からないことをいつまでも考えていても仕方がないし、そこはそもそもそれほどに重大ではない。

 聞きたかったのは国王の言葉の意味で、それが王国とリマデス辺境伯との間に起きた最悪の事件であると分かった。


 つまり国王は誰が悪いにせよ、都合の悪い事実を消し去りたいのだろう。それは分からないでもない――が、感心は出来ない。

 王家としては闇に葬りたい話だとしても、辺境伯にくらいは全てを話して許しを請うべきじゃないのか。

 王さまって、そんなに偉いのか。


「うん――? 辺境伯は誰かから、その辺りのことを聞いたんでしょうか。まさか噂だけを元にして、ここまでのことを?」

「聞いたのだろう。根拠が噂だけならば、まず家臣たちが動かんよ。しかし当日以後は大人しいもので、いつ誰から聞いたものやら見当もつかん」

「そんなにたくさんの人たちが知っているんですか」


 聞くと、将軍は少し記憶を辿る素振りをしたあと、ふっと笑った。


「恐らく王族の方々は、ご一同が真相を知っているだろう。それに宰相やらプロキス侯爵やら辺りも、聞いているかもしれん。あとは神殿の連中か」

「それなりにいらっしゃるんですね……でも、何かおかしかったです?」

「いや。儂は陛下から信用を置かれていると思っていたのだが、そう考えると順番はかなり後のほうなのだと思ってな。自意識に凝り固まっているものだと自嘲したのだ」


 これには何とも答えかねた。そうですねとも、そんなことないですよとも、言えた話ではない。

 呻く延長のように「いやあ……」と音を垂れ流すことしか出来なかった。


 と、将軍が立ち上がった。話も終わったことだし、そろそろ出発しようということらしい。


「お主のおかげで、儂も情報の整理が出来た。個人的には辺境伯の気持ちも分かるが、国を揺るがして良い理由にはならん」

「――そうですね」


 エコの装具をもう一度点検している将軍の背中に、投げかけたい質問があった。

 聞いてよいのか、失礼に当たるのは間違いなく、どう答えてもらえれば自分が満足するのかも分からない。


 迷いはしたが結局のところ、我慢が出来なかった。


「ワシツ将軍。将軍ならどうされますか」

「何をかな?」

「将軍の奥さまがそういう目に遭ったなら、それにイルリさまがそうなったなら。それぞれどうされますか」


 将軍は背を向けたまま点検を続け、そのまま鞍に跨る。答えてもらえるわけはなかったなと諦めたところに、将軍は口を開いた。


「今の儂がそういう立場に陥ったなら、まず職を辞する。その上で地の果てまでも、草をかきわけてでも仇を探す。当人を見つけて、事実を全て話させて、仲間が居るなら全員を集める」

「そして殺すんです?」

「……いや、謝らせる。心から謝っていると、儂が納得するまでな。妻であろうと娘であろうと、そうさせることは変わらんだろうな」


 それは慈悲深いのか、潔いのか、冷たいのか、温かいのか、どういった気持ちでそうなるのかまるで理解できない。

 でも将軍らしいのかもしれない、とは思った。


「謝らせて、終わりですか」

「そこからはその時に考える。その上で殺すかもしれんし、何かほかの罰を与えるかもしれん。所詮は儂も、感情には勝てんよ」


 将軍は左腕を高く上げて、前に倒した。脇に寄っていたウィルムさんが後方へエコを走らせて、出発を伝えていく。


 常歩なみあしで去る将軍の隊を見送っているうちに、ふと思いついた。

 なんて大それた、なんて都合のいい話を考えたものだと思ったけれど、もう思いつきを口にするのに躊躇いはなかった。


「ワシツ将軍!」


 追いかけて呼び止めたけれど、将軍はエコの脚を止めなかった。でもボクが話していくうち、全体を止めることになった。

 詳しい話を終えて、役目を買ってくれた将軍は言う。


「お主。見かけによらず、豪胆なことよな」

「自分勝手なだけです。すみません」

「良かろう。失敗しても儂は悔やまんが、お主も恨みは垂れてくれるなよ」


 一直線に駆け出した将軍を、部下の人たちは慌てて追いかけた。ボクはその背に「もちろんです!」と叫ぶ。

 それから


「どうかお願いします」


と成功を祈った。

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