第184話:復讐の種

「そこで見初められたんですね」

「それにも色々とありはしたが、まあそういうことだ。あのころは、先の王妃に先立たれて数年。陛下の心は落ち着きながらも、寂しい頃合いだった」


 国王や王家を尊重しながらも、将軍の話しぶりは友人を語るようだった。

 確か国王のほうが、十くらい年上だっただろうか。幼いころから兄貴分と慕った人に今も仕えている。そんな情景を想像した。


 いやでも将軍は平民の出だ。騎士になる前は、どういう身分だったのだろう。

 ボクはこうやって面識を持つに至る前から、将軍に憧れている部分があった。それは男の子なら大抵は少なからず持つことがあるだろう、強い対象への憧れだ。


 同じく将軍を好きだという人たちは、きっとボクと同じように将軍の華々しい部分しか知らない。

 自分の過去なんて誰でも彼でも知られていたら気持ちが悪いけれど、今見えている部分だけであれこれ言ってしまうのも何だか薄っぺらい。

 そう感じた。


「王妃殿下には、死んだ首長との間に子があった。それがユヴァ王女だ。七つだったか――淡い色の髪をした、歳の割に小柄なお子さまだった」

「よくそのまま、王家に入れましたね」


 望まれない子は、幸福になることは出来ない。そんな状況で本人が嫌と言うことも出来ないだろうけれど、その立場は察して余りある。

 王の子に加わるなんて、どんなことが起きても不思議でない気がする。


「そのまま、ではなかったがな。まあ王にも、既に子がいらっしゃった。それで何とかな」


 ユヴァ王女という人の名が出た時に、その行く末はきっとと予感はしていた。望まざる未来に進む人の人生はどんなものかと思えば、それもやはり幸の薄いものであるらしい。


「王女の成人を待って、すぐに結婚という話になった。二人は年に一度も会うかどうかくらいだったが、仲睦まじかった。王家と縁の深い家ではあったが、血縁はない。だからその夫婦の作る新しい家が、公爵家となるはずだった」

「婚約の間は、幸せに過ごされたんですね」


 仲睦まじかったと聞いて、幸福な時期は少しでもあったのかと意外な気持ちだった。そういう子は呪われているかのように、幸福から忌み嫌われるものだとボクは考えているのかもしれない。


 しかし将軍はこの質問に、小さく首を横に振った。


「王女殿下は城に居る間、孤独であらせられた。もちろん侍女などは居たが、な。人は居ても一人であるというのが、お主に分かるか知らんが」

「……お母さんともです?」

「例え王女であっても、王妃と自由に会う権利などありはせんよ。それが幼いうちならまだしも、成長するにつれて大目にも見てもらえなくなる」


 奇異なものだ。

 母親は子を可愛がって、子は母親を恋しがるものだというのは一般的なものだと思っていた。

 それが王宮なんていう場所で、ボクの常識のほうに近い事態が起きているとは。


「王族も寂しいものですね」

「――いや、儂の言い方が悪かったな。それが城では当たり前ということではない。その時はそうだった、ということだ」

「誰かがそうしていたと?」


 口をつぐんで、目も瞑って、頷きだけが返ってきた。

 どうしてそうなったのか、誰がそうしたのか、聞くなということだ。さすがの将軍にも、どうしても言えないことはあるらしい。


「それでも結婚は望まれていたんですよね。なのに亡くなるとは、運のない方ですね」

「……いや」


 将軍は片手を上げて、離れたところに控えていたウィルムさんを見た。

 すると彼はまず一つ手を叩いて注目を集めると、両手で耳を塞いだ。それに倣って、将軍の部下たちは全員が一斉に耳を塞ぐ。


 意図は分かるけど――あんなことをしても、聞こえるよね?


「王女殿下は自死なさった」

「え……そうなんですか。あ、いや。そんなことを言ってしまってもいいんです? それは公にされてないのでは」

「お主にだけだ。お主は夫人を取り戻して守ると言ったからな」


 ユヴァ王女の名をボクが知らないのは、話題に上る機会が少ないだけとか、ボクが関心を向けていないだけという可能性も高い。

 でも王族が自死した話となれば、十年やそこらで誰も話題にしなくなるなんてことがあるだろうか。それに関係する人の名前とか、似たような話がある度に噂されて当然の気がする。

 それはたぶんこの話が公には伏せられて、病死か何かと発表されているに違いない。


 将軍の手は、剣の柄に触れていた。約束を違えたら、それを振るわれるのだろうか。というか今この話とフラウのことは、関係ない気がするのだけれど。

 それにボクだけでなく、部下の人たちにだって聞こえているはずだ。


「いやボクは――言いましたし、そうしますけど。あの人たちにも聞こえているんじゃ?」

「聞こえてはおらん」


 将軍はそう言い切った。どれどれ全員が耳を塞いでいるかなと、振り返ることもなく。


「聞こえてはおらんよ。もし仮に、万が一に聞こえていたとして、聞くなと言われたことを吹聴するような馬鹿者はおらん。我が部下にはな」

「ああ、なるほど――」


 将軍の背後では、その部下たちが揃って「うんうん」とばかりに大きく頷いていた。


「で、予定されていた嫁ぎ先がリマデス辺境伯のところですか」

「そうだ」

「ではこの反乱は、王家に対する恨みから発していると」

「そうだ」


 どうして王が、この場で辺境伯やその加担者を殲滅するように言ったのか。どうしてこの場に王子が誰も来ていないのか。

 その問いそのものへの答えは、聞かなかった。

 あらためてそれを聞けるほどに、ボクの神経は図太くなかった。

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