第183話:今に至る端緒

「国を挙げての式典があったとしよう。全ての貴族がそこに集まる。最も王に近い位置へ立つのは誰か、分かるかな」

「式典──? ええと、名前は知りませんが、侯爵のどなたかでは?」


 急に何の話だかと、戸惑った。ボクの質問の答えに至るのか、筋道が全く読めなかった。


「その通り。我が国に今ある貴族の最高位は、侯爵だ。おかしいと思わんか」

「公爵が居ないということです? ボクは貴族が何たるかなんてことには疎くて、それがどうおかしいのか……」


 勝手な想像を並べ立てた割に、もうネタが尽きたかと呆れられるだろうか。

 でも知らないものを知っている風に見せても仕方がない。無理な投資は、どこかで破綻するものだ。


「ふっ。お主も儂と同じく、高位に居る者に興味が薄いようだな」

「いえ、そんなこと──は、あります。すみません」


 自身が王国の重鎮であって、国王からの信頼も厚い将軍の言葉とも思えない。でもそう言うのだから、そうなのだろう。


「ハウジアの歴史は、それほど長くない。百と五十年ほどだ」

「ええ、もうすぐ大祭です」


 確か来年が、建国百五十年を記念する年だったはずだ。

 その年に入ってしまうと、神殿の主催する行事が目白押しになってしまう。だから国民が一体となって祝う祭りを、今年のうちにやってしまうらしい。

 前夜祭みたいなものだろう。


「長くないが、それでも現王は十一代目になる」

「はあ──それはさすがに知っています」

「ならばおかしいだろう。十一代もの間、王は全員が兄弟も外戚もなく過ごしたのか?」


 ああ──。

 これは偉い人にというよりも、家族関係というものにボクが疎いせいか。

 自分にそういう存在が近しくなかったせいで、他人の利害関係を見るときにもそういう概念があることを見落としてしまう。


「そうですね――でも、昔からずっとなんです?」

「いや。大昔にはあったそうだ。儂が生まれるよりも、まだまだ前のことだそうだが。数十年か或いは百年以上か、王家を補佐する公爵家を置かんというのは中々に考え難い」

「王家には公爵家が付きものと?」


 理解のない知識は役に立たないばかりか、自分を傷付けると言ったのはトイガーさんだ。

 だから彼女は何かを教えてくれる時に、答えだけを言ったりはしない。ボクが理解するのに必要なだけの準備と時間をくれる。

 今ワシツ将軍が話しているのも、きっとそういうことなのだろう。


「諸刃の剣ではある。王家の内情を知っているし、謀反の旗印になることもある。しかし王家を支える柱として、強固であることも間違いない。後ろ盾を必要とする王は、負の要因など見ぬしな」

「国王に後ろ盾、ですか」

「孤独なものだ。集団の長というものはな。それが一国を治めるとなれば、儂のような怠け者には到底務まらん。しかし親や兄弟であれば子を無条件に愛するし、手間や物を惜しむこともない。王にとっての公爵とはそういうものだ」


 子を無条件に愛する。へえ……。


「そういうものですか。それで、その公爵家を作ろうというお話があるんです?」

「――あった、のだ」

「お話がなくなった?」


 将軍は小さく何度も頷いて、自分の中で何かを確かめているんだろうか。豪放な話し方が、この時だけ訥とした。


「なくなったには違いないが、出来なくなったと言うのが正しい。ユヴァ王女殿下が亡くなった故に」

「ユヴァ王女――という方は知りません」

「十年ほども前の話だ、お主の歳ならば知るまい。それに立場的には弱い方だった」


 将軍の目が、遠くを見ていた。

 昔を懐かしむというには、渋い顔をしていた。ユヴァ王女というその人が、この話の核になるということだろう。

 将軍にとってか、この国にとって、忘れ難くも面白くはない話だと、その顔が語っていた。


「王妃殿下の連れ子に当たる。不敬な言い様にはなるが、それが事実だ」

「連れ子――? 再婚ということですか。それは知りませんでした」

「秘密にしてはおらんのだがな。何せ、昔のことだ。殿下は王国の庇護下にあった、小さな地域に御座おわした」


 今のハウジア王国は周囲を見てもすぐ近くは大きな国ばかりで、そういう相手がそもそも居ない。

 ああ、いや。アーペン連合王国から抜ける国でもあれば、そうでもないか。


「そんなところがあったんですね」

「北西の端のほうだ。領地に組み入れるほどの意味もなく、向こうから庇護を求めていたから関係も悪くなかった」

「そこに何かあったんです?」


 将軍は腰から水袋を取って飲むと、ボクに投げ渡した。

 ここは涼しくて、ボクはそれほど喉が乾いていない。将軍ばかり話してくれているからか、話し難いことだからか。

 水を一口だけ含んで、水袋を返した。


「治めていた者を含めて、男のほとんどが死んだ」

「ええっ? 流行り病──だとおかしいですね」

「魔獣が訪れたのだそうだ。地を這う、巨大な奴だったらしい。放っておいては集落が踏みつぶされるというので、男たちは総出で迎え討った。しかし歯が立たずに、およそ皆殺しになった」


 それは酷いが、集落はどうなったのだろう。その話でいくと、男だけの被害で済まないと思うけれど。


「皮肉なことにな、魔獣はそこで引き返した。随分と男たちを食らったそうだから、それで腹一杯になったのかもしれんが」

「せめて、その人たちが食い止めたのだとしておきたいですね……」

「もはや自分たちだけで生きていくのは難しいということでな、首長の妻が住み処を頼みに来た。それが王妃殿下だ」


 

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