第160話:影たちの得物

 人員のほとんどが地に伏して、壊滅かと思われた部隊。しかし兵士たちには、まだ命があるらしい。

 爆発のショックでだか轟音のせいでだか、動きを止めていただけのようだ。


 しかしあれだけの炎だ、無傷ではない。

 生きてはいても這いつくばったままで苦しんでいる兵士と、立ち上がりはしても自分の得物につかまってようやく立っている兵士の二通りに分かれた。


「トリートであんなことが……でもどうして?」

「たぶん、宙に舞ってるトリートを吸い込んだにゃ。そこに火が点いたから、喉を焼かれたんじゃないかにゃ」

「うわ……」


 喉を。場合によっては、内臓までをかもしれない。

 想像するだけでも痛そうで苦しそうで、やりきれないものがある。


「でもそんなことができるなら、火薬なんて使うまでもないんじゃ……?」

「あの芸当をするには、いくつか条件を整えねばならないのですよ。火薬のように、いつ何時なんどきでもとはいきません」


 なるほどその条件というのが、奇術の種ということか。

 誰でも彼でも同じことが出来るなら恐ろしいことだと思ったけれど、そういうことではないらしい。


 この影たちがそれを出来るという時点で、相当に物騒ではあるけれども。


 ──さて。確かに信じ難い手際、信じ難い現象ではあった。

 けれどもその結果として、先鋒の部隊が大きなダメージを負ったのは事実で、見た目にも明らかだ。


 後続の隊はそれに対して、速やかに対応するべきだっただろう。でも次の手番を取ったのは、またも影たちだった。


 ウナムたち三人がゆっくりと前進していくと、その周りにまたどこからともなく、黒い装束を着た人間が現れる。

 アジトを襲った時にも居た、ウナムやクアトの更に部下となる人たちだ。


 三十人足らずで、てんでばらばらに無造作に走っていく彼らが先鋒に触れるには、多少の距離があった。


 もしかすると後ろの兵士たちは、そう考えて油断したのかもしれない。

 怪しげなことをした連中であっても、どうせ今ので終わりさと楽観的に考えたがる人も多いものだ。


「これで、あの隊は終わりですね」

「次は何を仕込んでるにゃ」

「いえいえ仕込みなど。客の要望にその場で応じられるのは、優れた料理人として一つの資質ですよ」


 ヌラの言った通り、或いは兵士たちの期待通りかもしれないが、確かに次に何かするには間があった。


「ま、前へ! 生存者を救出せよ!」


 後続の隊長がやっと発した号令は、どうも遅すぎたらしい。


 多くの兵がもがき苦しむ中を、いつの間にやら走り回る人影があった。風体に見覚えはないけれど、着ている衣服は他の影たちと似通っている。


「ドゥオと言います」


 クアトやオクティアさんは、メイドと聞いた。じゃあこのドゥオは何かの例えなどでなく、本当に料理人なのだろうか。


 遠く離れたドゥオがボクの疑問を知るはずもないが、答えは示してくれた。

 ドゥオが両手に握った得物は、ボクのナイフと似たような大きさの刃物だ。しかしその形状は、工作や戦闘に使うナイフとは違う。


「包丁──?」


 ボクの呟きに、ヌラが頷く。

 そうだと保証を得てしまうと、ドゥオの右手にある細く切れ味の良さそうな包丁と、左手にある分厚い断ち切り用の包丁がやけに現実的で薄気味悪い。


 ボクの感想などもちろん関係なく、ドゥオはまだ動けそうな兵士にその刃を振るっていく。


 右手を振れば傷は恐ろしいくらいに長くついて、あとあとまで見ていても血の止まる様子がない。

 左手を振れば太い骨のある部分や多少の装甲のある部分でも、いとも簡単に切り落とされる。


「あれはどうやっているのか、私もよく知らないのですよ」

「へ、へえ……」


 ヌラはその様を、満足そうにほくそ笑んで眺めていた。

 頼もしいということなのか、そういう狂気を持つタイプなのか。いやそれは、どちらであっても似たようなものか……。


 味方に訪れた惨劇を阻止すべく、後続の隊の先頭がドゥオの方向へと殺到し始めた。

 でも本当に段取りがいい。

 あのタイミングならば、ウナムたちもほとんど同じくらいにたどり着くだろう。


 でも向こうからすれば、三十人ほどの敵でしかない。仮にまた何かされたとしても、多数で押し込めばどうにもならない。

 そう思うのが普通で、実際にそうならなければおかしい。


「まだいけるでしょうけれども、この辺りですね」


 おもむろに言ったヌラは、二本の指の先を口元に当てた。

 指笛でも吹くのだろうかと思ったけれど、音はしない。


「独自に使っているものでして、訓練しなければ聞こえないのですよ」


 ボクの視線に気付いたヌラが、ご丁寧に教えてくれた。

 何だかさっきから、聞いていないことまで喋ってくれるけれど──今度は何を企んでいるのだろう。


 それはともかく、先の発言からすれば退却の合図だろう。

 すぐそこに新手が迫っているのに、いつまでも切り裂き行為に興じていたドゥオが、ウナムたちの居る方向に足を向ける。


 それを単なる逃走と見た兵士たちは、ドゥオの背中を踏み潰し、その勢いでウナムたちも制しようと襲いかかる。


 ……しかし、はね返された。

 比喩ではなく文字通りに、ウナムとノーベン、それにその部下たちの作った肉体の壁によって。


 より正確に言うなら、その肉壁に近寄った兵士たちに巨漢の二人は張り手を見舞い、クアトは車輪のように回した短槍を食らわせた。

 他の部下たちも、自分の直属の上司と合わせているのだろう。それぞれの得物を使って、目の前の敵を押し返した。


 圧倒的少人数に対しておよそ一千人の隊が大打撃を受け、その救出に向かった数百人も強制的に足を止められた。

 兵士たちがそんな事態にまごついている間に、それを成し遂げた影たちはまたどこへともなく姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る