第161話:ボクを助けて

「どこへ消えた!」

「探せ!」


 駆けつけた兵士たちの怒号が、ボクの耳にもはっきり届く。


 理解出来ない方法ではあっても、向こうにとって味方が手酷くやられたのは紛れもない事実だ。それも姿を堂々と晒していたのだから、その相手を探そうとするのは当然の道理だろう。

 兵士たちはそれぞれ剣を地面に突き刺したり、炭と化した樹木を蹴倒したりしている。


「足を止めても、良いことは何もないと思いますけれどね」

「ヌラさまあ、到着されたようですよう」


 完全に人ごとという口調で言うヌラに、オクティアさんが言った。メルエム男爵に言っていた役割とやらだろう。


「セフテムは無事に合流しましたか?」

「大丈夫ですう。男爵もご一緒ですよう」

「見せ場を奪うことになってしまいますが、また彼には別の機会を与えるとしましょう」


 男爵が心情やらプライドやらを考えると、完全に満足というにはほど遠いのだろう。

 しかしこれ以外の良い方法も、ありはしないと思える。


 ペルセブルさんが連れてきた港湾隊の約五百人と、ユーニア子爵が率いてきた首都の警備隊。

 合わせておよそ三千人を指揮して反乱軍であるリマデス辺境伯の頭を押さえるなんて、ここ数日の勝手を払拭するにはきっと十分な手柄になる。


 そもそもは引き連れてきたユーニア子爵が、そのまま役を担うはずだったのだそうだ。

 けれども彼らとしては使い勝手のいいメルエム男爵という駒を手に入れて、最も旨味のある部分を子爵自身が行えるように筋書きを変更したらしい。

 セフテムという人は、その割を食ったのだ。


「お待たせ致しました」


 潜んでいる木陰に、鉾槍を携えて全身を鎧に包んだ人物が現れた。その出で立ちにしては小柄で、声も女性っぽいように聞こえた。面頬を閉めているので、声もくぐもっているし、容貌も全く見えない。


「閣下、お待ちしておりました。手筈は予定通りに」

「うん、ご苦労。そっちは使えるのか?」


 続いて姿を見せた人物は、ボクも知っている。

 数々の謀略を駆使して王国を現在の状況に追い込んだ黒幕である、リマデス辺境伯の手先となって実際の運用を行ってきた。

 しかしそれさえもこの人の陰謀の踏み台に過ぎず、それを逆手に取ろうとこの場にやってきた。

 ブラセミア・アル=ユーニア子爵、その人だ。


「はっ。協力の内容は詰めてございます」

「そうか。経緯いきさつはどうあれ、協力は感謝する。よろしく頼む」


 子爵は視線を下げて礼を示す。

 たったそれだけでも、ましてやボクたちのような盗賊風情に、初対面の貴族がそんなことをするなんてとても珍しい。

 首都での言動もあって、うっかり好意的に見てしまいそうになる。


「あたしたちにもやりたいことがあって、それを勝手にやるだけにゃ。利害は一致してるから、邪魔もしないけどにゃ」

「それが最も信用出来る。目的の達成を、この場だけだが祈っておこう」


 話を終えて、重武装をしてきた子爵の装備を変えていると、鬨の声が上がった。何と言っているかは分からない。でもたくさんの兵が、一つの内容を何度も叫んでいる。


 それは街道に近い方向からだった。

 特殊任務のために単身で偵察をしていたところへ反乱軍を察知して、駆けつけた港湾隊と警備隊の混成部隊を率いる。

 そういう筋書きで表舞台に戻った、国家第六軍が副軍団長、メルエム男爵の部隊の声だ。


 エコの嘶きも響いて、突撃の足音が地面を揺すった。

 あの凛々しい男爵が部隊を率いる姿は、どんなに勇壮なのだろう。自分の目で見られないのが残念で堪らない。


「ではこちらも行こうか」

「健闘を祈るにゃ」


 さっきのお返しだろう、団長が声をかけた。歩き始めていた子爵は、片手を上げて答える。


「さあ、あたしたちも行くとするにゃ」


 子爵が歩くあとには、影の部隊たちが亡霊のように次から次へと現れる。それは辺境伯を煉獄へと導く、幽鬼の群れとさえ思えた。


 しかしこちらも負けてはいない。

 子爵たちの姿が見えなくなった途端に、樹木の合間から次々とキトルたちが集まってくる。


「――アビス」

「うん。危ないけど、一緒に居よう。今のままじゃ、どこにも行き場なんてないから」


 袖を引っ張るフラウに言うと、彼女はこくんと頷いた。これが彼女の本来の性格というのでもないと思う。

 コニーさんやオクティアさんも言っていたけれど、精神的に強い影響のある薬から覚めたばかりで、気持ちが不安定になっているみたいだ。


「団長」


 彼女を安心させるためでもあるけれど、ボク自身の気持ちを整理するためにも言っておきたいことがあった。


「何にゃ?」

「きっと団長は、そんなことは当たり前だって言うんでしょうけど。それでも言って、分かったって言ってほしいんです」


 一体どんな面白いことを口走るのか。そんな期待を持っているに違いない目。

 団長は首を傾げて、両の肘を手で支えるようにして、ボクの言葉を待ち受けた。


「ボクはフラウを守ると決めました。でもこんな危険な場所で、ボク一人の力でそうするのはとても無理です。

 だから、助けてください。

 ボクがフラウを守るのを、手伝ってください」


 ボクをからかう時の、あの悪戯っぽい笑みではなかった。

 優しくて、暖かくて。手を差し出しているのでもないのに、その胸に包み込まれるような。

 ほんわりとした柔らかい微笑みで、団長は言う。


「アビたんがそんなことを言えるようになるなんて、フロちに感謝だにゃ」

「団長……」


 その表情に嘘は絶対になく、ボクは団長をまた尊敬した。

 ──でも、それをそのままにしないのもこの人だ。


「でも断るにゃ」

「え──ええ!?」


 またさっきまでの楽しげな顔に戻った団長。しかしそれで安心する部分も、ボクの心のどこかに確かにあった。


「アビたんを変えてくれたフロちには、団員全員でお礼をしなくちゃいけないにゃ。だからみんな、勝手にやると思うにゃ」

「やれやれ──了解です」


 もう苦笑いくらいしか出来ないけれど、ボクの胸には深く深く、感謝の気持ちが溢れた。


「さあ準備はいいにゃ? 者ども、行くにゃ!!」


 ミーティアキトノの総勢は百人を超える。

 そのうちの多数が集まった、前代未聞の祭りが始まる。

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