第151話:瑣話ー交渉人は見た 前編

 近くて遠い場所。

 首都にある貴族の屋敷に勤める使用人の身では、それは王城であると言えるだろう。

 私が例えば家令や執事であるのなら、主人と共に城へ上がる機会もあるだろうが、実際にはそうでない。


 しがない交渉人クラークの立場では、こうして不在をしている執事の代役をすることが稀にあるくらいだ。

 まあそれも我がお屋敷なればこそで、本来であればそんなこともあり得ないそうだが。


「トリバ、心得ているだろうな」

「仔細まで全て」


 私の主人。ブラセミア・アル=ユーニア子爵は、振り返りもせずに問うた。

 これが執事のシャナルさまであれば、相談という形になっただろうに。


 そこまででなくとも良い。例えば今、頭からつま先まで全てを金属鎧で包んで、主人の先を歩いて護衛をする立場。

 あのくらいには、なりたいものだ。




 首都の中心にある王城の城門をくぐるのには、やはり少しばかりの高揚感がある。


 衛兵が会釈をしている対象が、主人であるのは分かっている。

 それでも幾ばくかの優越感であったり自己顕示欲のようなものが刺激されるのは、男子として生まれたからには仕方のないことに違いない。


 先頭を歩く金属鎧は、鉾槍ハルバードを携えている。

 戦士としてそれほど体格に恵まれていない主人と、鎧を着てちょうど釣り合うほどの細い体躯。


 そこに鉾槍は大きすぎて、何とも不似合いではある。遠い位置から見ている者たちも、恐らくそうと考えているのだろう。

 更にそれを見る私などは、この緊張した情勢下で、にやにやくすくすと他人を嘲る余裕があるとは大したものだと敬服するばかりだ。


「通してくれ」

「軍議中です。何ぴとであってもお通し出来ません」


 どうして軍議が行われていることを、主人が知っていたのか。それは考えたところで詮のないことだ。

 その方法など、いくらでもある。


 しかし衛兵は、そのことにさえ気付かなかったらしい。ただ目上の人間に対して、失礼のないように自分の職務を果たそうとした。


「承知している。職務も大儀である。しかし一刻を争うのだ」

「申しわけありません。軍議が終わるまでは王妃殿下であっても、宰相閣下であってもお通ししてはならぬと」


 城内でも生活区であるから、衛兵が持っているのは短槍だった。通常の槍を振り回すだけの空間もあるにはあるが、それは数字の上での話だ。


 扉を守る二人の衛兵は、その短槍を互いに交差して意思を示す。

 王城内でこれに従わないとなれば、最悪で謀反の嫌疑をかけられても仕様がない。


「もう一度だけ言う。今すぐに打って出ねば間に合わんのだ。取り次ぐだけの時間ならば待つ」

「残念ながら……」


 衛兵は主人の最後通告を突っぱねた。

 これを聞き入れるようでは衛兵として失格なので、彼の者の悪かった点をあえて指摘するなら──運が悪かった。


 主人の指先が、ぱちりと乾いた音を鳴らす。

 間髪入れず、我が金属鎧の鉾槍がくるりと翻って、その柄尻が一人の衛兵の肩を突いた。


 それは捻りを加えての一回転半。軌道にふらつきのない、美しい動きだった。

 まあ私には、槍先と柄尻がそれぞれ銀色の線を描いたようにしか動きを捉えられなかったが。


 ──金属鎧は鉾槍をまた半回転させて、斧刃の背に付いた突起ピックで、もう一人の衛兵を引き倒した。


 ここまでやれば、この通路の入り口に居る数人の衛兵が黙って見ているはずはない。

 殺到しようとする鼻先に、金属鎧は鉾槍をぶんと振る。


 躊躇いのない刃筋に、衛兵たちは一旦でも足を止めざるを得ない。

 金属鎧は衛兵たちに左の手の平を押し出して見せ、もう一度鉾槍を横薙ぎに振った。


 一瞬遅れて、通路の途中にあった石像が上下分かれて倒れる。

 それを見た衛兵たちに向かって、金属鎧はまた一歩を踏み出した。

 するとそこで腰を少し落とし、いつでも踏み込める体勢で動きを止める。


 そこから一歩でも踏み出したなら、真っ二つにしてくれる。そういう脅しだ。


「すまんな。これは私の一存だと、陛下にはお伝えする」


 主人は衛兵たちに気遣いの言葉を一つかけると、遠慮なく奥の扉を開けた。

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