第150話:意中の相手
「こんなところで何をしてるにゃ?」
市場でばったり出会って世間話、という口ぶりで団長が聞く。それをクアトは、ふふんと鼻先で笑った。
「言わなくても知ってるだろう? あんたたちも、その辺に仲間が居るんだしさ」
「知ってるけどにゃ」
肩を竦めた団長を小馬鹿にするように、クアトは自身の左手を突き出して指を怪しく蠢かした。その指だけでなく手も腕も赤黒く染めている、ぬらぬらとした液体が滴り落ちる様を見せつける。
「まあそれでも、あえて言うなら――大いに楽しんでるのさ」
「それは良かったにゃ。それで、何の用にゃ?」
この広い森で、わざわざボクたちが立ち止まったわけではない。こちらを発見した何者かが、取り囲んで誘導しようとしたのでそれに乗っただけだ。
「大した話じゃないんだよ。二つ、教えてほしくてね」
「何にゃ?」
「一つは、あの辺境伯さまの目的さあ。こちらの思いとしちゃ、こんな森に関わる必要はないんだ。すぐに首都へ行きゃあいいものを、何をしてるのか知らないかい?」
都市封鎖されている状況下でこんなところをうろついているボクたちならば、何も知らないはずはないとクアトは決めつけている。
そう、確かにボクたちは知っている。
その答えは、フラウを取り戻すためだ。他にもあるのかもしれないが、一つの理由としては間違いない。
ただこれを、迂闊に話せるはずもない。かといって知らないと言ったところで、はいそうですかと信じてくれるはずもない。
「知らないにゃ」
いともあっさり、団長は言った。え、それでいいんです? と、呆気にとられた。
「そうかい、知らないんじゃ仕方がないねえ。じゃあ次だ。あんたたちの仲間の、みゅうみゅう娘は来てないのかい?」
「来てないにゃ」
今度はもう、クアトが言い終わらないうちに言葉を被せて返事をした。これでは嘘だと丸分かりだろうに。
「団長――?」
「いいのにゃ。どうせこういう手合いは、こちらが何と言っても勝手に答えを想像するものにゃ。だったらこちらも、都合のいいことだけ言っておけばいいにゃ。それが嘘だろうと、本当だろうとにゃ」
自信たっぷりに腕を組んで、団長は言いきった。
そんなものなのかと感心はするが、きっとそれはこれまでに積み上げた団長の経験がものを言っているのだと思う。ボクがすぐに真似出来ることではない。
「あははあ。本当だねえ。確かにあたいは、あんたの言葉なんてそれほど耳に入れちゃいない。それでももう、こうだろうなと結果を確信してもいる。だからあたいは、あんたたちをもう構わないよ――今はね」
右手に持っていた短い槍の柄尻を地面に鳴らすと、クアトは木々の影に溶けて消えた。同時にボクたちを取り囲んでいた、数人の気配も消える。
「気色の悪い女だな……。それで、しつこくこっちを見てる視線は残ってるが、いいのか?」
「さすが監視担当だにゃ。でもいいにゃ」
そうなのか――ボクは全く気付いていなかった。言われてあらためて探ってみても、どこから見られているやら分からない。
「探しに行ったところで、先に隠れられるにゃ。それに隠す必要もないにゃ。フロちのところに、あの子が居るんだからにゃ」
「それはそうですけど――」
ボクだけが気付けなかったのを悔しく思う気持ちもあるけれど、隠れてじっと見られているというだけでも気分のいいものではない。それには何か対処をしておいたほうがいいのではと考えてしまう。
しかしここは、団長の言う通りなのだろう。頷いて、残り僅かの距離を走った。
戻ってみると、そこに居る全員が地面に横たわっていた。フラウももう全く暴れる様子はなくて、体はぴくりとも動かない。
「何か――」
誰かに何か、例えばオクティアさんに全員がやられてしまったとか、そういう想像も頭を過った。が、それは余計な心配だったらしい。
ボクたちの入って来た気配とボクの声とに反応して、全員がもぞもぞと動き出した。
「いや、すまないね。どうせ何も出来ることはないから、休んでいようということになったんだ」
疲れていたのだろう。メルエム男爵が、あくびを殺しながら言った。
それはいい。いいけれども、そうするためにはフラウがじっとしている必要がある。
「お姫さまはねえ、彼女が体を麻痺させる薬を使ったから、動けないんだよお」
「麻痺って――そんな物を使って大丈夫なんです?」
医師が患者に措置をする時に、一時的にそういう薬を使うことは知っている。でもそれで、そのまま意識が戻らなかったなんてことがあるのも知っている。
疲労でだいぶん動きが鈍くなっていたとはいえ、いやむしろそんな状態のフラウに、全身の動きを制限するような薬を使っていいものなんだろうか。
「大丈夫ですよお。オクティアさんたちは、人の命をたくさん使って実験しましたからねえ。狙った通りの効能を発揮させるのは得意なんですよう」
大きく伸びとあくびをしながら、オクティアさんは言った。どうもこの人は、本気で眠っていたっぽい。
「そうですか……分かりました。それで、これなんですが」
オクティアさんの言い分に、まともに相手をしていても埒が明かない。それはもう分かっていたので、それ以上言わなかった。
フラウの胸が静かに上下しているのを見て、問題はないのだろうと判断出来たからでもあるが。
「どれどれ、見せてくださいねえ」
小袋を受け取ったオクティアさんは、中身を地面にがさがさっとぶちまけた。この人のやることは、いちいち「ああっ」とこちらが驚いてしまう。
「ふむふむう。フラウちゃんは、ちゃんと整理していますねえ。オクティアさんも見習わないとですう」
「――ええと、それで?」
オクティアさんは、小分けされた袋を何やら順番に並べていた。少しの間は見ていたのだけれど、どうにも時間がかかっていたので待ちきれずに聞いてみた。
「ええ、何でしょうかあ?」
「いや、必要な素材があるかどうかじゃないんです?」
その質問にオクティアさんは「ああ」と、返す。いかにも目的を忘れていて、今思い出しましたという風に。
しかしそれにどうこう言う前に、オクティアさんの次の発言にボクは言葉を失った。
「オクティアさんが欲しかった物は、ないですねえ」
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