第148話:気分屋のオクティアさん
「断るって……」
大物を釣り上げる直前に、隣人に糸を切られた気分だ。
問いかけるボクの視線を、セルクムさんはまあ待てというジェスチャーでかわす。
「あの洞窟のどこにあるか、口で言っても分からないからな。まず俺が行く必要はあるだろう。でもこの荒れた中を、一人で切り抜けるのは荷が重い。誰かに同行してもらわないとな」
「ですからボクが」
利害は一致している。それで足らなければ、また頼んでしまうことにはなるが、団長にも行ってもらえばいい。
それくらい、セルクムさんにも考えつかないはずがない。
「言っちまうと、邪魔なんだよ」
「う……」
色々とのんびりしていられないと、誰もが思っている。だからセルクムさんも、勿体ぶらずにはっきり言った。
それはボクには、かなり厳しい一言ではあったけれど。
「人数は少ないほどいいが、二人も三人もそう変わらない。しかし二人で行くならそこの団長さんがいいだろうし、もう一人というならそっちのキトルのどっちかがいい」
足の速さとか忍ぶ技術で、ボクとセルクムさんを比べる意味はない。どうであれ、この人は行く必要がある。
ではそれ以外に誰がとなれば、優先順位は今セルクムさんが言った通りだとボクも思う。
だからその言い分には、何も反論出来なかった。
ボクが自分で助けなければ意味がないというのだって、ボクがそのチャンスをみすみす潰しては、やはり意味がない。
――でも。
「オクティアさんは、アビスくんに行ってほしいですねえ」
悩んでいると、意外なところから意外な言葉が出た。オクティアさんは、そんなにボクを買ってくれているんだろうか。
セルクムさんはあからさまに「何を言ってるんだ」と不満そうな顔だ。
「お薬の効果は誰が行っても変わりませんけどお、それを使うオクティアさんの気分が違っちゃうんですよう」
「ええ……?」
後方支援にしては頼りない論拠だし、先に「効果は誰が行っても変わらない」と言っちゃってるし、支援を受ける側のボクが声を出してしまった。
「オクティアさんは気紛れにここに居るだけなのでえ、また気紛れにどこかへ行っちゃうかもしれませんよう?」
「……はいはい」
とぼけているとしか言いようのない、それでも何だか圧の強いオクティアさんに、セルクムさんが折れた。
この洞窟の出口に向かって歩きながら、来いと後ろ手に合図する。
「どっちにしろ、団長さんには付き合ってもらうよ?」
「もちろん、いいにゃん」
地図を確認して洞窟を出ると、予想とはまた違った光景になっていた。
絨毯のように――とまで言うと誇張が過ぎてしまうが、辺境伯の兵があちこちに倒れている。
しかしそれにしては、周りの景色に変化がない。木が折れていたり、大きな穴が空いていたり、ウナムのような人が何人も居るのだとすれば、そういう戦場になるのだと思ったのに。そうなっていない。
それは森のためには良いとしても、明らかに良くない臭いも感じた。
「焼き尽くす気か?」
「そうらしいにゃ」
ガルダの森――鎮守の森は、東西南北いずれの方向も川や平原に囲まれている。仮に全て燃やし尽くしたとしても、それ以上は燃え広がらない。
その仮にの話を、リマデス辺境伯は実行しようとしているらしい。
「煙が……」
枝葉の向こうの空に、太く濃い煙が何本も見えた。まだ臭いがそれほどでないところからすると、森の端から完全に燃やす心づもりであることが分かる。
「急ぐにゃ」
猶予はない。火に包まれたとしても洞窟の中は大丈夫だろうけれど、入り口が顕わになったり、土が崩れたりする可能性はある。
しかしそれでも、視界やら進路を確保するために森を焼くというのなら、かなりの時間がかかる。それはいっそ、悠長に過ぎるとさえ言える。
主力を東西に割かれてしまって、いくら時間があっても打つ手のない首都を嘲笑うかのようなやり口だ。
無用な手間を省くために、高い枝を選んで渡っていった。
団長とは比較にならず、ボクと比べてさえも全くというレベルではあったけれど、セルクムさんはよくついてくる。
さすが監視を専門と言うだけはあった。
「それにしても、メイさんがついてくると言いそうなものでしたけど」
「あそこでみんなを守っててくれるように頼んだからにゃ」
「ああ――なるほど」
団長が「ここはメイに任せるにゃ」なんて言ったとしたら、メイさんはとんでもない張り切りようだろう。
いつも思うけれど、一体どうしてそこまでの信頼を得たのやら。
セルクムさんにペースを合わせているから話す余裕があったりはするものの、ボクたちはあの山賊の住処へと急いだ。
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