第147話:求める物は
「どうでしょう……?」
薬瓶を持ち替える手が止まって、待ちきれなくて聞いてしまった。
それでもオクティアさんはもう少し何かを考えていたが、やがて答える気になったらしく、こちらを向いた。
「駄目ですねえ」
無駄な溜めも力みも何もなく、あっけらかんとオクティアさんは言う。それはある種、彼女の美徳ではあるのだろう。けれど今は、残酷だった。
「どうにもなりませんか──」
きっぱりとした宣言に、ボクには全ての道は断たれたのだと感じられていた。だから懇願とでもいうのか、必死に問うた。
しかしそれをオクティアさんは、今度こそ無慈悲にけらけらと笑い飛ばす。
「何を言ってるんですかあ? 中和くらいならすると言ったじゃないですかあ。オクティアさんは嘘を言っても、はったりは言わないのですよう」
それは何の保証にもなっていないなどと、ボクにそんな余裕はない。
気持ちが焦り過ぎて、彼女の言葉を重く受け止めすぎている。一度、深呼吸をして、頭を整理した。
「あ――そうですね。そうでした」
「ここにある薬では、足りないと言ったのですよう。オクティアさんたちが使うのに、いくつか基本になる物があるのですう。それが一つも入っていないですねえ」
そんな重要な役割を持つ物ならば、どうしてコニーさんは持っていないのだろう。――ああ。もしかすると大事な物だから、別に分けて持っているのかもしれない。
その思い付きが、ボクの視線をコニーさんへと向けさせる。
「治療っていうのは、系統だった技術が伝わっているわけじゃないからねえ。格闘や剣術みたいに、流派のようなものがあるんだよお。それにオクティアさんとでは、主な目的が違うらしいしねえ」
「そういうことですねえ」
コニーさんは、やれやれと困った風に。オクティアさんは、にこりと笑って言った。
話は分かる。分かるけど、どうすればいいんだ。それじゃあ一体、その薬はどこに行けばあるんだ。
カテワルトにならあるのか?
あるんだろう。あの街にないなんて、世界中でどこを探してもないのと同義だと言う人だって居る。
でもそう遠くない位置にあるあの町にも、今は行けない。
……いや、決めつけるな。行けるかもしれない。問題はその時間をかけてもいいのかだ。
「その薬をカテワルトから持ってくるとしたら、何か問題はありますか」
「ないですよう。でも出来るだけ急がないと、いつまで持つか分からないですよう」
やはり。どうしてだか──いや、ずっと触れているから必然なのか、分かっていた。
フラウの命は、急速に削られている。
燃える蝋燭へ油を加え続けているかのように、命が無駄に燃え盛っているのを感じていた。
実際に触れている体のあちこちに伝わる体温の高さが、その異常さを表していた。
「でも他に手に入る場所なんてないでしょう? その辺に生えているような物なんです?」
「絶対ないとは言わないですよう。でもそれを探すより、買ったほうが早いでしょうねえ」
トンちゃんは少し前に、敵の様子を探りに出て行った。今の状態から大きく何かが動かない限り、戻ってこないだろう。
団長やコニーさんに頼んだら、ボクより早いのは間違いない。ボクではそもそもこの戦場を抜けて、カテワルトまで戻れるかも確実でない。
ボクがやらなくちゃとここまで来たけれど、やって出来ることと出来ないこと、それは現実として存在する。
今、ボクはどうするべきなんだ……?
「ところでですねえ」
悩むボクなど関係なく、オクティアさんはきょろきょろと何かを探していた。
目の上に手をかざし、興味深げに。
「フラウちゃんの荷物はないですかあ?」
「いえ、何も」
今のフラウの風体を見て、手荷物があるようには見えないと思うのだけれど──。
突然に何を言い出したのか、彼女のことだから無視も出来ないけれど、意味も全く分からない。
「そうですかあ、フラウちゃんなら持ってると思ったんですけどねえ」
「持ってる?」
「あれえ? フラウちゃんも、薬を使うのが上手なんですよう。知らなかったですかあ?」
そうだった。オクティアさんがフラウと同じく、レリクタの出身だという意味を忘れかけていた。
二人はそこで、知識を叩き込まれたのだった。
なるほどその中になら、オクティアさんが求める物もあるに違いない。
「ああ……でも荷物は」
「荷物なら、あるんじゃないか?」
それまで、何のことやらという感じで黙っていたセルクムさんが、急に言った。
「おいおい、忘れたのか?」
荷物がある? どこに?
訴えかけるボクの顔に、セルクムさんは呆れた声を投げかける。
「お前と俺は、どこで出会った?」
「あ……あああ!」
すっかり忘れていた。
ここはガルダの森。古くはここを、鎮守の森と呼んでいた人たちも居る。
ボクはこの森でフラウと出会った。それはセルクムさんたちが、彼女を連れ去った時。
助けたあとに彼女は言っていた。荷物は奪われたままだけれど構わない、と。
「あるんですね、あの洞窟に!」
「ああ。金目の物は盗っちまったけど、草とか粉末とかは要らなかったから、放り投げてあるはずだ」
一気に希望が見えてきた。
人間は本当に現金なもので、こうなると山賊たちの誘拐行為にも、ありがとうと言いたくなってくる。
「取りに行きます!」
「いや、断る」
ボクの思いを、セルクムさんは無情に切り捨てた。
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