第142話:秘密の隠れ家

 フラウの暴れ方は、どんどん酷くなっていった。もう、ぎゅっと抱きしめているのがやっとだった。

 オセロトルの背から落ちないように、周りの人が支えてくれていたくらいだ。


 どこへだか移動するみたいだけれど、こんな様子ではフラウを連れていけない。強引に連れていくとしたら、例えでなく本当に引きずっていくことになる。

 もちろんそんなことは絶対にしたくないと悩んでいると、この場にそぐわない暢気な声が聞こえてきた。


「おおい、元気い?」


 カテワルトに戻ってから姿の見えなかった、コニーさんだった。まだ遠くの藪からひょっこり出てきて、のんびりと歩いて来る。

 何だろう。その肩には、前は持っていなかった大きな鞄が斜めにかかっている。


「コニー。こんなところで何してるにゃ?」

「あははあ。団長、それは酷いねえ。メイが居なくなったって聞いたから、探してたんだよお」

「それで一緒に来たのにゃ。ありがとうにゃ」


 一緒に? そう言うには、随分と間が空いたけれども。


「メイったらさっきまでぐったりしてたのにい、突然『だんちょおみゅ!』って、飛び出したからあ。慌てて追いかけたんだよお」


 いや。だから、そうは見えない。


「団長に関しては、メイに勝てないねえ」


 あっはっは、と。コニーさんと団長は笑う。

 それを見ているメルエム男爵たちは、今度は一体誰なんだ、時間がないんだがと、やきもきしているのが手に取るように分かる。


 しかしそれは、ボクとて同じことだ。フラウは暴れ続けているので、全く余裕がない。

 もういちいち、うわあ、ぎゃあ、と言うことさえ出来ない。しかしそうなると、思考は逆に平坦化するのは不思議なものだ。


「んん? ううん、これは面倒そうだねえ」


 ようやくすぐ傍まで来たコニーさんは、まずフラウの顔を覗きこんで言った。恐らく脈を取っているんだと思うけれど、首すじに指を入れてまた言う。


「どこか落ち着けるところに行こうよお」

「どうにか──出来るん、です?」


 振り回されるフラウの腕を押さえながら聞いた。とりあえずこの暴れ方を何とかしないと、ボクもフラウも参ってしまう。


「さあねえ。どうにか出来るかどうかを、見てみたいんだよお」


 コニーさんは、あくまでのんびりと答える。まあ、言っていることはもっともだ。来て、見て、すぐに「治せる」と言うほうがおかしい。





 最初に追ってきたのは、あくまでも小手調べだったらしい。こちらの港湾隊がいざとなれば最小単位の五人編成、兵隊で動くのと同様に、向こうも少数で動いていた。


 それはボクたちの位置が全く分からなかったから、広く捜索する意味もあっただろう。

 しかし今度は、数百人の布陣がそのまま進んでくる。しかも一方からでなく、北と南にも包囲するように別働隊が居る。


 こちらは四百人強の港湾隊と、十数人のうちの団員。団長とメイさん、サバンナさんにトンちゃん。コニーさんまで入れたとしても、なかなかに分が悪い。


 展開している二万人のうち、どれだけがボクたちに向かっているのか分からない。

 でも確実に分かるのは、目の前の数百人や千人を全て倒したとしても、何の解決にもならないということだ。


「これは厳しいねえ……」


 コニーさんの笑みの端に、緊張が見て取れた。追手のことでなく、フラウのことだ。ボクがフラウを押さえつけて強引に寝かせ、コニーさんは容体を見てくれている。


 厳しいって、手の打ちようがないってことかな──。まさか死んでしまうとか──。


 そんな焦りを感じながらも、まだ鞄から色々と道具や薬を取り出して作業しているコニーさんの邪魔をしないように、我慢していた。


「しばらくはしのげるかにゃ」

「おいしいみゅう」


 団長は洞窟の天井を見上げて、メイさんは男爵からもらった干物を頬張りながら、それぞれ言った。


 セルクムさんが調べたという、薄紙の束の内容。

 それはこの辺りにある、洞窟の地図だった。大きさはまちまちだが、その数はおびただしいものだ。

 朱液で書かれていたから、最初は真っ赤に染められているのかと思ったほどだった。


 しかもご丁寧に入り口の様子や、中で別の洞窟に繋がっているとかまで調べられていた。

 だから港湾隊の人たちもみんな、逃げ道のある洞窟に分散して隠れることになった。


「お役に立てたようで、何よりだよ」


 セルクムさんは言ったが、誰も肯定はしない。

 団長が「また消えてもいいにゃ。その時は、次に会ったら遠慮しないけどにゃ」と釘を挿していたくらいだ。


 この森は全部、平地になっている。もちろん多少の凹凸はあるが、せいぜいがやっと丘と呼べる程度だ。

 つまり追手は今、ボクたちの頭上を歩き回っている。


 一斉に行進しているのではないので、足音なんかは聞こえない。でもそれが逆に想像力をかき立てられてしまう。


 もしも敵が一斉に殺到してきたら──ボクはフラウに覆い被さって、意地でも動かない。


 もう、フラウを黙って見送るようなことはしたくない。

 自分なりに考えて、固く心に決めた。と、団長がボクの脇を軽くつつく。


「何です?」

「悲壮な顔してるけどにゃ。奴らはフロちを傷つけないにゃ」

「……分かってます」


 そうか……。

 ボクが覆い被さったところで、邪魔なだけでフラウを庇う意味はないのか……。

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