第135話:副軍団長の剣
「ああ、如何ようにでも――」
「ちょっと待つにゃ」
与り知らないはずの世界に、団長が踏み入った。口だけでなく手も出そうというのか、背にある布に包まれた長い棒のような物を取って振り下ろす。
「何の用だ、ショコラ=ヨーク」
「悪いが。口出しは無用に願うよ、ショコラくん」
ペルセブルさんとメルエム男爵は、揃って関わられることを拒絶した。しかし団長は、それを意に介さない。
足取りを変えることなく歩み寄って、両者の間の地面に棒の先を突き立てた。
「これは拾い物にゃ。好きに使っていいにゃ」
結び目を解いてそれだけ言うと、団長は少し離れた木の枝に飛び乗った。自分はここから高みの見物をさせてもらう、という意思表示だろうか。
突然に何を言い出しているのか、それはこの場に居る誰もがそう思っただろう。しかしその答えは、団長が突き刺した物が何かを確かめればきっと分かる。
中身を包んでいた布が、生地の重さでゆっくりと解け落ちていく。まず見えた先端で、それが剣の柄であることが分かった。垂れ下がった布が多くなって、そこからは一気にめくれ落ちる。
鞘の半分ほどまですっかり顕わになったのは、男爵が置いていったその舶刀そのものだった。
先端が見えた時点でそれと分かったいただろうに、今になっても男爵は拾いに行かない。
まあたぶんあの人のことだから、勝手をしている身で往生際の悪いことは出来ないとか言うんだろう。ボクにもだいぶん、あの人のことが分かるようになった。
「使ってください」
「そこまで融通してもらっても、良いものだろうかね」
「何、私もあなたの本気を見る機会は少ない。その見物料ということで」
まだ渋々の様子で、男爵は舶刀を拾いに行った。地面から引き抜きながら、落としどころのない不満を変換するかのように、皮肉を言った。
「見せ物にまでなったつもりはないんだが」
「我が儘を仰らないでいただきたい。ただ――うん、そうですな。それではもう一つ、負荷を背負っていただきましょうか」
ペルセブルさんは何かを探して、部下たちの中に入っていった。それはすぐに見つかって、先ほど見せたのとは違う構えを披露した。
右手にはそのまま舶刀を持ち、左手にはナイフを持っている。それはボクが使っているナイフよりももっと短くて、刃渡りは手の平一つ分ほどだろう。
それが男爵の負荷になるということは、彼は本気でなかったということなのか。
「そんなことも出来るんだね。知らなかったよ」
「我らの戦場では、役に立たんですからな。稽古の上での手遊びです」
「なるほど。遊びとなれば、本気でやらなければいけないね」
男爵は舶刀を抜いて、鞘を放り捨てた。それから久しぶりの感覚を確かめるように、何度か空を切る。
と、勢いのついた刃先が何重にもぶれて見え始めた。
男爵が自分の体の左右上下で自在に操っているのは分かるけれど、どれが本物か全く分からない。
踊り子が扱う
細長い体をくねらせて、一撃必殺の毒を見舞う。正にそんなイメージだった。
戦闘技術に疎いボクにでも分かる。ペルセブルさんが海軍で最強なのかもしれないけれど、男爵も並の使い手じゃない。この勝負はどちらが勝つか、全く分からない。
「ではあらためて」
「恩に着るよ」
お互いの技を前に、まずは小手調べ――なんてものはなかった。
最初に放たれたのは、相手の喉を狙った男爵の突き。これをナイフでいなしたペルセブルさんは、丸見えになった男爵の右肩を切り降ろす。
が、刃が届くころにはそこに男爵は居ない。いなされた勢いをそのまま回転に使って、今度は男爵が頭上からの切り降ろしを狙う。
しかしペルセブルさんは、二つの刃を交差してこれも止めた。
高低差はあるものの顔を見合わせて、二人はフッと笑う。と思った次の瞬間、男爵は柄を下げると同時に、肩を使っての
ペルセブルさんは二つの刃で受けているから、男爵の剣がなくなるまではそこを動けない。その状態での男爵の突撃は、どれほどの効果を生むのだろう。
撥ね飛ばされた辺境伯の兵士たちの姿がそこに重なって、身震いしそうになる。
片膝を突いていたペルセブルさんは、突撃をまともに食らった。大人の背丈で二、三人分ほども飛ばされて、なおごろごろと転がっていった。
いや、最後には自分で転がったのかもしれない。その勢いを使って、瞬時に立ち上がった。
しかし男爵がそこに追撃することはなかった。むしろ構えを少し緩めて、空いている左手の指で自分の鼻の下を軽く叩いて見せる。
ペルセブルさんは、片方の鼻の穴から流血していた。指で拭ってそれに気付くと、「失礼」と断ってから顔を背け、反対の穴を指で押さえて勢いよく息を通した。
溜まっていた血が、ぴぴと地面に散って、ペルセブルさんはふんふんと鼻を鳴らす。まだまだ意気揚々だと、宣言しているのかもしれない。
ペルセブルさんが構え直した途端、男爵は踊るように飛びかかった。
一本の腕で二、三振りの剣を操っているかのような、高速の斬撃がペルセブルさんを襲う。
ペルセブルさんは、その攻撃の全てを防いでいた。あるものは受け、あるものは止め、あるものは弾く。これが手遊びなどとは信じられない、熟練の技だった。
そのまま膠着するかに思えた手合いだったが、それからさほどの時間をかけずに終わった。
二本の腕で二つの刃を巧みに操るペルセブルさんに対して、男爵の剣は二本の腕それぞれが二、三振りを。次に見ると、四本の腕それぞれが三、四振りを操っているかのように速度を増していった。
ぴゅう、とサバンナさんなどは口笛を吹く。ボクは唾を飲み込むくらいしか出来ない。
いくらなんでもこれは……。
その通り、その剣戟はどれほども続かなかった。
さっきとは反対に、ペルセブルさんの舶刀が手から離れる。まだ男爵の舶刀はどこにも突き付けられていないが、誰の目にも勝敗は明らかだった。
「参りました」
ペルセブルさんが片膝を突いて首を垂れると、その場に居た港湾隊の全員が同じ姿勢を取った。
何だ、どうした?
「我らが副軍団長。あなたの剣は、我らを率いるのに相応しい。任務の達成、お疲れさまでございます」
ええ!?
そんなことがあるのかという展開に、ボクには驚き以外のなにもなかった。団長なら事態を把握しているかと考えたが、見ると彼女も目を丸くしていた。
「そうか……ありがとう」
ボクたちの驚愕をよそに、何だか海軍の事情は解決したらしかった。
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