第136話:自己紹介しよう
「この状況は、ご説明いただけるので?」
カテワルトの治安を守る港湾隊が数百人居る中に、カテワルトで暗躍する盗賊団ミーティアキトノの団員が十数人紛れている。
紛れているといっても潜んでいる人など一人も居なくて、さっきの決闘の前にはお互いを労う光景もあった。
ペルセブルさんでなくとも、説明は欲しいところだろう。
「ああ──どこから話せばいいかな」
「その前に、お互い自己紹介といくにゃ。そちらは君だけでいいけどにゃ」
乱れた服装を直しつつ、情報交換という状況だったメルエム男爵とペルセブルさんの会話に、団長は割って入った。
あちらは団長を知っているようだったし、団長もペルセブルさんを知っているようだった。
今更どういうことだろう?
「私を知らんとは、ミーティアキトノも迂闊なものだな」
「知ってるにゃ。でも名前はペルセブルとしか知らないにゃ」
「それで十分だろう」
「いや、困るにゃ」
意図を察した男爵とボクは、それぞれ吹き出した。幸いそれには、ペルセブルさんは気づかなかったらしい。
「ふん? ニーガル=ペルセブル。第六軍の千人隊長だ。同時に港湾隊の隊長でもある」
「じゃあニーちゃんだにゃ。よろしくにゃ」
「に、ニーちゃん!?」
男爵も含めて、その会話を聞いていた港湾隊の隊員たちがどっと笑う。「おっ、お前ら!」と慌てるペルセブルさんも、少なくとも隊員たちに本気で腹を立てている風ではない。
いい人たちだ。
「さてこちらの紹介にゃ。あそこに立ってる悩みのなさそうな子が、うちの新入りのアビスにゃ。お見知りおきを頼むにゃ」
港湾隊にお見知りおきされてしまって、正にそれが悩みになった気もするが……。
ともあれ紹介されたので「どうも」と曖昧に挨拶はしておいた。
ボクは新入りではないが、わざわざ正確な情報を与える必要もないので訂正しない。
「それと、そのアビたんが抱きかかえ──何してるにゃ?」
「え──? あ、すみません」
フラウはここに着いたときに、下ろしたままだ。
団長の段取りなんて聞いていないので知ったこっちゃないのだけれど、雰囲気的にここは言うなりにしておくしかないっぽい。
フラウを抱えようとしたけれど、やはり横抱きにするのは脇がつらい。なので上体はボクに抱きつかせるようにして、下半身を横抱きにした。
「アビたんがずっと大切に抱きしめているのが、今この状況の要に近い人物にゃ」
「ほう──? それは黒幕か、その仲間と考えて良いのかな」
殺気が薄い膜のように、ペルセブルさんを覆ったみたいだった。
この砕けた雰囲気、自己紹介というお題目がなければ、切りつけられることさえあったかもしれない。
団長の何気ない行動には、毎度感心させられる。
「慌ててはいけないにゃ。要に近い、と言ったにゃ。黒幕に脅されていたにゃ。つまり被害者にゃ」
なるほどそれなら当面は、港湾隊がフラウを守る側になる。それが数日なのか、数分なのか、いつまでばれないかという問題は残るが。
「それならばカテワルト──いや、この場合は首都か。連れ帰って保護ということになるが。名は何と?」
「戻って保護というのは賛成出来ないにゃ。危ないにゃ」
「危ない? ハウジアの王都がか?」
多少のもめごと程度は別にして、首都リベインは犯罪が少ない。おそらく大陸中で随一だろう。
しかもそこへ軍の保護付きとなれば、言うことはない。それで危うい身なら、どこに行っても同じになってしまう。
大抵誰もがそう考えるから、ペルセブルさんの「何を言ってるんだ?」と半分馬鹿にしたような反応も、仕方ないところではあると思う。
「近隣の子爵領の軍勢が集まってるのは知ってるにゃ?」
「ああ知ってる。……ん、そういえば居なかったな。こちらに向かったと聞いたが」
副官とかだろうか。ペルセブルさんが疑問を投げかけると、一人の隊員が紐で板に綴じた薄紙の束をめくり始めた。
「はい。確かにそのように連絡を受けております。時間的に、我らが追い越すことはないはずですが……」
「それはそうにゃ。辺境伯の軍勢の向こうに居たからにゃ」
にゃにゃと笑いながら言った団長の言葉を、港湾隊の隊員たちはうっかり聞き流しそうになっていた。
それはそうだ。警戒と、悪くすれば迎撃を目的とした兵力が、その対象の向こう側に居るなど普通はあり得ない。
あり得ないからこそ、情報の整合性に違和感を感じたのだろう。
「向こうとはどういうことだ? ──まさか、既に敗退したのか!?」
ああ、そうなるか。
自分たちの見た軍勢が無傷かどうかなんて、中を引っかき回したくらいで分かるものではない。
しかも短時間で敗退したのなら相手の圧勝であって、被害が少ない説明にもなってしまう。
「敗退ではないにゃ。戦わずに道を譲ったのにゃ。あの、反乱軍をにゃ」
「……それは、どういうことだ。説明しろ」
大規模な反乱というだけでも大変な事態なのに、自分たちが直面しているのはもっとおかしな現実だと理解したらしい。
もちろんうのみにもしてはいないと思うが、聞いておくべきだとは考えたのだと思う。
仮にも港湾隊が、仮にも盗賊から、情報を聞くなどそんな、という体面が見えていたペルセブルさんの様子が変わった。
「簡単な話にゃ。いい大人がみんなして、その女の子を使って弱みを作られたにゃ」
身も蓋もない言い方だが、嘘はない。真面目な軍人に深刻さを理解させるには、一番効果的なのかもしれない。
ひとしきり渋い顔を晒して、ペルセブルさんはもう一度聞いた。
「確認するが──弱みを作られた、と言ったか?」
「言ったにゃん」
「そうか……」
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