第134話:海軍最強の男

 いとも簡単に、辺境伯の部隊の真ん中をワシツ将軍の部隊が貫いた。

 先ほどまで港湾隊を追っていたから、隊列が乱れているせいはあるだろう。


 しかし強いて陣形として呼称するなら、密集陣形に近かった。それを破られては、他のどんな陣形も相手を受け止められない。

 ワシツ将軍は突撃を繰り返すだけで、散り散りにさせることが出来るだろう。


 ワシツ将軍による戦闘を目の当たりに出来る折角の機会だが、ボクもいつまでもここに居るわけにはいかない。

 息は概ね整って、痛みもとりあえずは引いた。であれば団長たちと合流するのが先決だ。


 森の中にオセロトルを向けて、出発の合図をした。今度はそこそこの加速で、速度を上げていく。


「君は本当に賢いんだね」


 敬意を込めて言うと、彼女も「グオッ」と短く答えてくれた。


 もう一度ワシツ将軍のほうを振り返ると、その戦闘の向こうに不穏な気配があった。

 いや気配も何もボクの目には見えているのだけれど、辺境伯の軍勢が迫っていた。いかに戦上手のワシツ将軍といえど、あの数をどうにか出来るのだろうか。


 せめて襲来を伝えるだけでもとは、もちろん思った。

 でもボクの胸に顔を付けているフラウには、意識がない。その彼女を連れ出すのがボクの唯一の目的なのだ。


 今から将軍に声の届くところへ行っていたのでは、戦闘に巻き込まれてしまう。それは出来なかった。

 意識をきっぱり切り替えて、団長たちの居るだろう方向へ向かう。「覚悟を決めるっていうのは、何かを諦めることみゃ」と、確かトンちゃんが言っていた。


「そうだ……何もかもを守れないなら、せめてフラウだけは。君だけは無傷で守ってみせる」




 大体この辺りでと、打ち合わせていた付近に着いた。

 ある程度は捜索の必要があるかと思ったが、数百人も居るのだからすぐに分かった。


 いや。でも、いいのか?


 疲労を見せるエコを労っている港湾隊の中に、団長とトンちゃんも居るけれども。おや、メルエム男爵とオセロトルも居る。もちろんその周りには、救出に行ってくれた団員の面々に、サバンナさんも。


「いいよ、行っておいで」


 乗っていたオセロトルから降りると、彼女はすぐに自分の夫のところに行った。

 すぐ近くを魔獣が通ったことで、へたりこんでいた港湾隊に緊張が走る。が、つがいで仲睦まじい様子を見せられると、ほわっと和んだ空気が漂った。


 ボクもフラウを背負って、団長たちのところへ行った。全く疲れた様子のない二人は談笑していて、ボクに気付くと団長が飛びかかってくる。


「二人とも無事みたいにゃ。良かったにゃ」

「あの、フラウを落としちゃうんで――」


 ならば地面に降ろせと言われて、素直に従った。こういう時に団長に構われるのは、どうもボクの宿命らしい。


 その間に、団員の一人がフラウの様子を見てくれた。


「これはただ眠っているだけじゃなく、昏睡状態だな……」

「えっ――じゃあ時間を置いても、目を覚まさないんです?」

「覚ますかもしれないし、覚まさないかもしれない。例えば薬の影響でこうなっているんだとしたら、その影響がなくなるまでは――」


 愕然とした。ディアル領でフラウを見た時には、まだ檻の中で多少は動いていた。その時には既に何かされていたのか、そこからの道中でなのか。


 やはり少しでも早く団長に助けてもらっていれば――。


 駄目だ。いくら後悔しても、現実はもう起きているんだ。これからどうするのが最良なのか、考えるのが先だ。


「――さて、副軍団長。我らはいかがすべきですかな?」

「面倒をかけて、すまないね」


 ボクが悩むのなど当然に関係なく、港湾隊の中に声が上がった。彼らもボクと同様に、やらなければならないことはある。


「あれは――?」

「ペルセブルというにゃ。並みいる海軍の男の中で、一番の手練れだそうにゃ」


 相手にするのは面倒だと、男爵が言っていた人か。歳は三十半ばほど、浅黒い肌に真っ黒い短髪の、いかにも気風の良さげな男っぷりだ。


「あなたの行いには、まずこれで問うべきなのでしょうな」

「それが我が軍団の倣いだね」


 ペルセブルさんは、舶刀を抜く。男爵も応じて、広刃の剣を抜いた。


「おや、いつもの業物はどうされましたか? 舶刀が良ければ部下の物をお貸ししますが」

「いや、これでいいよ」

「左様ですか――では」


 剣をお互いに立てて、一礼する。そこからは、一つ一つを言っていては追いつかないほどの手数の応酬だった。


 男爵が広刃を叩きつけようとすれば、舶刀がその曲線で軌道を滑らせる。

 ペルセブルさんが舶刀を切りつけ、フェイントを二度も三度も繰り返しても、男爵は剣を最小限に動かして受け止める。


 お互いの剣筋はその速度を見る間に増していって、ボクの目でも追いきれなくなりそうだった。


「得物を替えてそれとは、恐ろしい方ですなあなたは」


 そこで二人は息を吐いた。ペルセブルさんは刃を拭いて、その手拭いを投げ捨てる。白っぽい生地に、赤い色が見えた。


「当たってるじゃないですか」

「四回切られたにゃ。薄皮一枚くらいだけどにゃ」

「でもあいつは全然切られてないみゃ。男爵の負けみゃ」


 確かに、ペルセブルさんの体力が先に尽きるとかでもなければ、その僅かな差が大きな差へと変わっていくだろう。そしてもちろん、ペルセブルさんの体力にはまだまだ余裕がありそうだ。


「舶刀をお使いになってください。不利な状況のあなたを制しても、我が軍団の倣いとは違ってきます」

「その場の判断だったとはいえ、あれは私の意思で捨てた。結果として携えている物で戦うのは道理だろう?」


 ああ、騎士って人たちは――格好いいけど面倒臭い。相手も全力でやれと言ってくれているんだから、従えばいいのに。


「ではこれで!」


 息を吐いていたといっても、決闘の最中だ。不意打ちだとは責められないだろう。ペルセブルさんが放った突きは、違うことなく男爵の喉を狙っていた。

 これを男爵は払おうとして、咄嗟に剣を寝かせてしまった。


 ぎん、と。金属同士が強く擦れあって、撥ね飛ぶ音が響いた。


「勝負あり、ですかな?」


 広刃の剣を失った男爵に、ペルセブルさんの舶刀が突き付けられた。

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