第10章:古きと若きの狂詩曲
第133話:王国の槍
南北に延びる、ロンジトゥード。
それは
かの街道がハウジアを走る軌道は、領土の北端付近で西に逸れるまで概ねまっすぐだ。南は岬の町まで届き、そこで海にぶつかる。
先に言った通り、南は概ねまっすぐ伸びている。ただし首都の北から西を覆う広大な森を避けるために、全体から見ればほんの僅かに弧を描く。
それが目の前に広がる、ガルダの森だ。
ここは多くの旅人が通過することもあって、もしかするとそれ以外に手入れをする人手が入っているかもしれないほど、木々の合間は整理されている。
しかしそれが大軍となれば、自由な行動を取ることは出来ない。
ボクの少し後ろに追いついてきた、団長とトンちゃん。それを追尾するミリア隊長たち。そこまでは問題なく森へ逃げ込むことが出来るはずだ。
しかし更に後ろの、港湾隊の面々はどうだろうか。そのすぐ後ろには、リマデス辺境伯の軍勢から出された追尾隊――千や二千の人数が迫る。
森に入ってすぐ、オセロトルの脚を止めさせた。彼女はまだまだ元気だが、このまま走り続けてはボクの気力が持たない。細い槌で打ち続けられているような痛みが治まってくれないと、フラウを支え続けることは難しい。
ボクが休む脇を、団長とトンちゃんが駆け抜けていった。それを追って、ミリア隊長も。
森に入ることで速度を落としたミリア隊長の視線と、ボクの視線とが交差する。彼女は確かにボクをボクと視認して、不敵に笑った。
両者の姿が森の奥に消えても、ボクはまだ動けない。吐き気なのか息が荒いだけなのか、自分でも区別がつかないほどに波打つ、胸と喉が煩わしい。
それでも意識と目は、追手のほうへ向けた。「周りを知ることは、自分の命数を知ることにゃ」と、団長の言葉が思い出される。
分かっていますよ。これまであなたの言う通りにして、失敗だったと後悔したことなんてないんだから。
――港湾隊の最後尾に、追手が届きつつあった。普段は街中の巡回が主な任務の人間と、エコに乗って戦闘の訓練をしている人間との差だろう。
先頭から、剣を抜いていくのが見えた。ただ止めるのでなく、後ろから削ぎ切りにしていくつもりか……。
港湾隊の最後尾と、追手の先頭とがほぼ並んだ。こうなってはどうにもならない。諦めかけた、その時だった。
「やあやあ! 王の大地を荒らすは何者か!」
轟雷のようなその声が、先頭の兵士を射抜いたかに見えた。
しかしそうではない。続けざまに大量の矢が、追っ手の脇腹に射かけられる。
伏兵となれば、追手は足を止めざるを得ない。その間に港湾隊は、森へ逃げ込むことに成功した。
「我らはリマデス辺境伯の兵である! 弓を向けるは誰ぞ!」
追手の隊長らしき人物が、姿を見せた集団に怒声を発する。その数は追手の二倍か、それ以上は居るだろう。
隊長の傍から一騎が離れて、来た方向に帰っていった。本隊への伝令に違いない。
新しい集団の武装も、鎖鎧に統一されている。旗を掲げていないのでどこのとは分からないが、正規の軍勢と見える。
問いに答えるためか、旗を準備しているのが分かった。きびきびとした動作で速やかにそれは終えられ、号令がかかる。
「旗、立て!」
一糸乱れず、同時に六本の旗が翻った。
そこにある将紋は、剣と斧とこん棒と弓。あらゆる武器を使ってどうとでも戦うと、戦う姿勢を描いたものだそうだ。
「あれは……!」
旗の主に気付いた追手の隊長が驚愕の声を上げた。
期せずしてそれは、ボクが心中で発したのと同じだった。
「望みに答えて名乗るとしよう。我は王を守る者。王国の敵を穿つ者。我が一身は槍と知れ。我が名は、フォルト=ワシツである!」
将軍は敗走したはず。それを知っているだろう追手の中に、どよめきが広がる。
相手の名乗りを悠々と待つワシツ将軍の手勢とは、士気に雲泥の差が生まれた。
「どうした。名乗らんのなら、名もなき無頼者として討伐するぞ」
「……わ、我らはリマデス辺境伯の手勢であり、作戦行動中である。邪魔立て無用に願いたい」
無頼者。つまり野盗などの同類として倒されてしまうと、彼らの主人である辺境伯の名に傷が付いてしまう。
反乱中なのだからそんなことはどうでも良いように思うけれど、騎士や軍人とはそういうわけにもいかないらしい。
「ほう、これは失敬。しかし辺境伯のお手持ちとは、都合が良い。少々尋ねたいことがあったのだ」
「何か」
「親切な御仁から、ラトがちょろちょろうるさくしていると聞いてな。我らはジューニに帰ろうとしていたのだが、退治に来たのだ」
穀物庫などを荒らす、小さな動物であるラトは害獣だ。食べ物を荒らすだけでなく壁などにも穴を空け、人が噛まれると病気になることもある。
要するに、嫌われ者だ。
「ラトなど知らぬ」
「知らんか。ブラムと、大層な名もあるようなのだが」
「……貴様!」
萎えかけていた追っ手の意気が、盛り返した。同じ戦うなら萎えたままにしておいたほうがいいだろうに──とは思わない。
きっとワシツ将軍は、どうであってもこの集団と自分の手勢とで、実力差は大きいと考えたのだと思う。
萎れかけたものを戻させて、またそれを折る。そうすればその部隊は、もう使い物にならない。
リマデス辺境伯の部隊は武器を構えた。ワシツ将軍の手勢はその士気を圧し折るべく、襲いかかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます