第124話:怪盗は見通す
「――なんていう理由では、大盗賊の心は動かせないかな、やはり」
照れ臭さが限界を超えたのか、メルエム男爵は苦笑いで言った。同時に伏せていた目を上げて、少なからず驚いた。
「お――おお」
「そこまで言ってくれるなら、大盗賊じゃなくて怪盗と言ってほしいにゃん」
何のポーズだか……。
幻術を解いて本来の肉体、本来の服装に戻った団長は、やけに胸をアピールする格好をとっていた。
ハンブル基準で言えば肌の露出が過剰に過ぎる、団長の姿態がいきなり目の前にある。これは驚いても仕方がない。
露出で言えばトンちゃんも腕や脚は剥き出しだが、団長とではさすがに比べ物にならない。
「怪盗か、なるほどそれはいい響きだね」
おや、思ったよりも男爵の驚きは小さかったらしい。「にゃん」とポーズを変える団長に「そのほうが怪盗らしいね」などと感想を言っている。
「さて、リマデス伯がここに居たことについてだったかにゃ」
「そうだ。この状況を軍人の思い込みだけで判断するのは、危険なように思う。だから先に、君の意見を聞かせてもらいたい」
顎に人差し指を当てて「そうだにゃあ」と、団長は思わせぶりな態度を取る。視線は男爵から一瞬も外れてなくて、それが考えている姿勢ではないと分かる。
「リマデス伯は、デクトマ山脈の東西に兵力を置いているにゃ。これは北の守りを一手に引き受けるのには必要にゃ」
地図を見ると北の国境線のほとんどは、リマデス伯の領内にある。だから相当の兵力を任されているのだろうとは思っていたが、よく考えてみればすごい数になりそうだ。
「あたしがリマデス伯で、良からぬことを考えているとするにゃ。最近起こったことに絡めて言えば、まず東の兵力の一部をジューニに送るにゃ」
「――うん、それで?」
「事前にジューニには、内側からの揺さぶりをかけておくにゃ。暗殺とか、太守の家族を危険に晒すとかにゃ」
兵力を送るというのは知らないけれど、それ以外は実際に起こったことだ。暗殺された人には少し前まで会っていたし、ワシツ家にはボク自身が居た。
その時のことを聞いていた団長は、自分で見てきたかのように話すことが出来る。
「ジューニの中に兵が入ったら、また工作をするにゃ。また暗殺でもいいし、重要な施設を壊すのでもいいにゃ」
「その兵力で、直接に制圧したほうが早いんじゃないかな?」
「そうすると、表立った証拠が残ってしまうにゃ。迎え入れたのが体を蝕む寄生虫で、駆除するだけの理由はない――なんて状況でラシャの軍勢を相手にして、勝てるはずがないにゃ」
そこまでを聞いて、男爵は右手で顔面を覆った。ため息を吐いて、眉間を指で揉みしだく。
「それで全部かい?」
「全部と言えば全部だにゃ。付け加えるとすれば、今の話を実現するためには、東のラシャと北のアーペンとの協力が不可欠だにゃ」
「そうなるね……西は?」
西、と言えば。やはりこの混乱に対して、ガルイアの態度は硬化しているらしい。
いや――カストラ砦での一件を考えれば、硬化どころではないのか? あれはどういう扱いになっているんだろう。
「協力を願い出ても、静観というところじゃないかにゃ。あたしなら、逆にそれを利用する方法を考えるけどにゃ」
「そうか、それなら辻褄が合うな……」
「採点はいかがかにゃ?」
全て団長の言う通りだとすれば、ハウジア王国にとって絶体絶命の事態だ。ボクが王国の存亡に興味が薄いと言っても、今目の前には男爵が居る。それでどうでも良いという気分にはなれない。
しかし団長は、自分で見通したそんな話にも動じた様子はまるでない。いつもの気楽な様子そのままだ。
「ああ――私が想定した模範解答の上を行ったよ。正直に言って、ジューニの件しか考えていなかった。君の言う通り、既に戦闘を仕掛けているラシャと、アーペンが協力しているのは間違いないだろう。それにガルイア王国は、こちらとの敵対と援助の両方を否定している」
「すると、どうなるにゃ?」
もうどちらが問いを出しているのか。明らかに正解を握っているのは団長で、男爵は教えを乞う学士のようだ。
「最悪は北からもアーペンが押し寄せることだが――」
「ううん、それはないと思うにゃ」
「なぜそう言える?」
北と東を挟む二つの敵国が、息を合わせて攻め込んでくる。それはハウジアにとって本当に最悪の事態だ。
同時にその二国にとっては、この状況を作っておいてそうしない理由がない――と思えるのに、団長はそれを否定した。
まさかこの状況をひっくり返す秘策でも――あるはずないか――。
「実際に起きてるのは、もっと悪い事態だからにゃ」
にゃにゃと笑った団長は、窓の外に向けて「にゃおおぅ」と鳴いた。高く澄んだ声が、遠くまで渡っていくのが見えるかのようだった。
「さて、大分時間を使ったにゃ。そろそろ移動したほうが良くないかにゃ? 続きは歩きながら講義してあげるにゃん」
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