第123話:男爵の告白
辺境伯といえば、この国には一人しか居ない。それがリマデスという家だというくらいは、ボクでも知っている。
「その人がここに居たのは、そんなに良くないんです?」
「そうだな――私の想像を言う前に、君の意見を聞かせてもらえないだろうか?」
別の場所を見ていたトンちゃんとコーラさんも、また集まってくれていた。メルエム男爵は、二人の中でもコーラさんにそう言った。
「私が?」
「軍人の私などと一緒に居ては、自分を隠すのも致し方ないと思うけれどね。今や私もお尋ね者の身だ」
やはり――と、薄々感じていたものが現実であったことに、納得と驚きを感じる。
「お尋ね者? 何をしたのかな」
「ずっと調べてきたんだが、エリアシアス男爵夫人の周囲で起こることは、どうにもおかしい。君たちと出会ってからだけでなく、ずっと以前からね。そこにきて、今度は君たちのような人間まで関わり始めた。これは今の私の身分では、調べ切れるものじゃない」
「それで任務を打ち捨てて、ここに居ると?」
そこに後ろめたさはあるのだろう。男爵はぐっと言葉を飲んで、いくらか思い直した様子で言った。
「有り体に言えば、そういうことだね。軍団長に押し付けてきたと、言い逃れはしたいところだけど」
「それと私と、何の関係が?」
意図して幻術をそう作っているのか、実際にそういう表情なのか、コーラさんは引き締まった顔に隙を見せなかった。
詐欺師のそれではなく、戦士が戦士を疑うのかと、そういう信念に訴える顔だった。
「私の軍団に居るミリアくんは、愉快な知り合いが多くてね。その中に、ミーティアキトノという一団が居る。私はお目にかかったことはないのだけれど、ミリアくんは団員の何人かと顔見知りだそうだ」
「ほう、聞いたことはある」
コーラさんもトンちゃんも、表情に変化はない。ボクは胸の鼓動を抑えるのに、緊張した表情を隠すのに、必死だというのに。
「彼女らは、夜な夜な街を駆け回るそうだ。ある時は悪徳と噂される大商人の品を、持ち去っていく。ある時は遺跡からでも発掘したのか、便利な道具なんかを、うまくいっていない職人の家に置いていく。金銭をばらまく量は、途方もないとも聞いている」
「ある意味では、街のためになっているのでしょうか?」
「そうだね。ここ何年かのカテワルトの景気は、彼女らによるところも大きいだろう。より多く儲けようとする者たちにとっては、邪魔者だろうけどね」
言い切ってしまって、男爵は慌てたように取って付けた。
「ああ、金銭の動きだけを勘定した時の要因としてね。そういう見方も出来なくはないと、ミリアくんが言っていたんだ」
「
悪戯っぽくコーラさんが笑うと、男爵もいつも通りの微笑みを返す。
ああ、胃が痛くなりそうだ。この探り合いはいつまで続けられるんだろう。
「盗みに入った先で、運悪く怪我をする者は居ても、大怪我以上のものはないそうだ。華麗なる盗賊。取り纏めるのは、長身の美しい女性。身体能力は人とも思えないくらいで、時には幻術も操るとか――あなたでしょう? ショコラ団長」
男爵は、いきなり核心を突いた。まだまだ理論を踏み固めるのかと思いきや、一つ前のコーラさんの発言を、仮の自白と捉えたのかもしれない。
コーラさんは、言葉を選んでいるようだった。この人にしては珍しい光景だ。
「あなたの言葉を借りるとして――それに答える前に、あなたのことを教えてもらえるだろうか」
「私のこと? 何だろうか」
穏やかに問われた男爵は、胸に手を当てて「なんなりと」という、柔らかくも凛とした目で次の言葉を待つ。
美人の二人にそんなことをされては、凡俗のボクのような人間は何も出来ない。
「若くして副軍団長というのは、並の努力ではないだろうと思う。あなたには人望があると聞いているし、実力もある。きっとまだまだ、国のために大きな存在になるだろう」
「そんなに褒められると困ってしまうな。世辞と分かっていても照れてしまう。肩でも揉めばいいだろうか?」
「そんなあなたが、どうしてこんなところで自分を投げ打つのか。立場を守ったままでも――そのほうが守れる物は多いだろうに」
本当に照れてはいたのだろう。茶化し気味のセリフだったが、男爵の表情は引き締まっていった。
特に、守れる物と言ったところで、奥歯が噛みしめられるのが分かった。
「男爵夫人は……ある頃から、怪しげな噂をいくつも抱えていてね。それ以前はといえば、はっきりしたことが何も分からない人だ。私が彼女に近づいたのは、彼女の悪事を暴くためだ」
「なるほど?」
「調べても調べても、これという証拠を掴めなかった。ああ、君と出会った店に行ったのも偶然じゃないよ。彼女が向かったと聞いて、私も行ったんだ」
急に話がこちらを向いた。でも驚きは少しで、今の話を聞けばそうだろうなと納得だった。
「そのうちに、私は妙な気分に囚われるようになった。彼女の悪事を暴いて、捕まえようというのでなく、そうしなければならない彼女の呪縛のようなものを解いてやりたいと思うようになった」
「それはどうして」
「はっきりこうだと答えるのは難しいね。笑っていても、深奥に影のある瞳。誰かを引き留めるようにする悪戯。人を惑わすけれど、棘のない言葉――」
そうですね、フラウはそんな人ですね。と、ボクは一つ一つに合点がいった。頷くのはそれこそ茶化しているようなので、しなかったけれども。
と、男爵の目がボクの顔を見た。
じっと数秒間、優しい笑みで見つめられた。それからおもむろに、男爵は顔を前に向けて、でも恥ずかしそうに少し俯いてしまって、呟いた。
「私はきっと、彼女に恋をしているんだ」
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