第118話:瑣話ーある警備兵の手記

 今日は非番であったから、用事のついでに買い物でもしようとカテワルトを訪れた。


 私は、人間の小さな男だ。仕事であればこそ、街を守るなどという偽善もこなしているが、そうでないのに関わりのない誰かへ関心を寄せることはない。

 とは言え今日の非番というのは首都の警備兵の体制であって、もう一方の用事とは関わりがない。そちらをも仕事と呼ぶのであれば、私は正に仕事をするために赴いたのだ。


 その内容はというと、粗忽者が揃う我が僚友たちの尻拭いだ。

 中には繊細に行う者も居るが、多くは食い散らかし、蹴散らかす。それを人の目に触れて問題ないように整えるのが、主な用件だった。


 主な目的は、この町のいくつかの商店を破壊すること。次には高級市民と見える者を除いて、キトルに危害を加えること。


「それ、そちらに逃げましたよ」

「やれやれ。あの、みゅうみゅう娘が見当たらないじゃないか。やる気半減だよ」


「私たちに出された指針は、特定の誰かに対するものではないですからね。面倒な相手が居ないのなら、それに越したことはありません。避けられる不利益は控除しておくべきですよ」


「寝ている相手を起こすのは性に合わないよね。パン職人だけにね」


 多くは路地裏でくつろいでいるキトルたちの掃除は、トリバ、クアト、クインの三人による。

 ただし、かの盗賊たちの本拠地には手を出してはならない。


 まあこれはそもそも場所が分かっていないので、実行しようとしても無理だった。

 無関係なキトルも、多く居ただろう。しかしキトルだけで集っている者たちなのだから、そうであっても何らかの感情は抱くに違いない。


 つまり無駄ではないのだが、私にとっては片付けるべき対象が増えるので、面倒であるというのが正直なところだった。

 表向きには、傷つくキトルは一人だけにしなければならない。


 商店の破壊は、ウナムとノーベンの二人。

 対象となる店舗は先んじて候補を上げ、目印となる鳥の羽を目立ちにくい場所に刺してある。もちろんこれがなくなっていたとしても、私の頭には全ての場所が入っている。


 方法は爆破。または、爆破したように見せること。つまり一点に力を加えることで、周囲を粉砕しなければならない。そのために選ばれたのが、この二人だ。


「火薬などを仕掛けるより、拙が一撃加えたほうが早いのだがな」

「そうだねえ。でも、なんだっけ。あれだよ。味が大切なんだって聞いたよ」

「味ではないですよ。音と臭いです。爆破音を周囲に聞かせ、火薬の臭いを残すことが必要なのです」


 この作業によって、店員や客にも危害が及ぶのは避けられない。しかし店の選定で、ユーニア家に不利益の及ぶ対象は外されている。

 つまり、考慮しなくとも良い。然るに、私も片付ける必要がない。


 素晴らしい。

 ――ああ。二人を目撃した人間を片付けるという作業はあったのだった。


 今回の役割の中で、最も多い成功条件の達成が必要なのは、井戸に関するものだっただろう。難易度としては、それほどでもない。しかし条件が増えると、複合的な失敗要因は増える。

 担当はドゥオとオクティア。よりにもよってこの二人でいいのかと考えてしまうのは避けられないが、毒の専門がこの二人なのだから仕方がない。


 第一には、キトルの変装をすること。キトンに模した耳を着け、同じく腕やら脚に毛皮を纏うだけで良い。

 第二に、井戸に毒を投げ込む。ただし、水と混ざることで無害化する毒であること。

 第三に、投げ込もうとしたところを港湾隊に発見されること。この時、毒を使って何人かに怪我をさせること。殺してはならない。

 第四に、証拠を残して、捕縛されることなく逃走すること。


「準備はいいですか?」

ボナム・マンドゥカ食べごろだ


 やはり不安が残る。しかし私が口を出す問題ではない。

 あちこちの井戸を、空いた容器を適当に転がしながら周っていく。そのうちに怪しい者が居ると通報を受けて、港湾隊が駆けつけるだろう。


「貴様ら、井戸に何をしているか!」

「あらあ、見つかっちゃいましたねえ。オクティアさんが持っているのはあ、毒薬なんですよお。いけませんでしたかねえ」


 ああ……言わんこっちゃない。名乗ってしまった。

 駆けつけたのは三人だけなので、仕切り直しも可能な人数だ。しかし周りに市民も多い。既に騒ぎはご免だと逃げ去った者も居る。


 まあ――あの一言くらいならば、問題はないだろう。もちろんヌラさまに報告はしておくが。

 二人の逃走を見届けて、完了とした。


 やるべきことが大体終わって、以前から気になっていた店に足を向けた。

 棚に並んでいる物の多くは女性が好みそうな小物だが、時には珍しい掘り出し物があると聞いている。


 実際に見てみると聞いていた通りで、私には必要ないけれども良い品なのだろうと思える物が揃っていた。

 その中に一つ、他とは雰囲気の違う無骨な指輪があって、大いに興味を惹かれたのも期待通りだった。


「わあ、魔法使いの薬瓶みたい」


 店内には、私以外にもう一人、幼い少女が居た。五、六歳にはそもそも持てないだろうというような、大きな陶器の瓶を目の前にしてはしゃいでいる。


「ねえねえ、私にも魔法使えるかなあ?」

「やってごらん」


 その瓶は恐らく料理などの保存用だと思うのだが、少女にはお伽噺にあるような陰湿な魔女の薬瓶に見えているのかもしれない。

 きっと店主も、そう考えたのだろう。和やかな笑みを浮かべて、話に乗ってやっている。


「ムタレ・ムタレ・インテンティオ・ウト・エスト」


 少女の愛らしさは変わらない。しかし思っていた以上に本格的な、呪文の詠唱が始まった。腰から上をくねらせ、絡み合うバイドのような両手の動きも複雑で、少女のそれが即興でないことが分かる。


「すごい。本格的だね」

「ラメク・ヴォス・ヌンク・ラメク・ヴォス!」


 少女の詠唱は完成した。少なからず驚いた店主の目の前へ、少女が指さした通りに瓶は飛ぶ。


 乾いた破裂音と共に、瓶は爆ぜた。

 店主の立っていた奥の壁に、真っ赤な絵の具で描かれた大作が一瞬で出来上がる。

 少し遅れて、残っていた下半身が崩れ落ちる音がした。

 それはカウンターの向こうなので、私からは見えない。


「セフテムさん。これでいいの?」

「ああ問題ない。あとは火薬を撒くんだが、それくらいは私がやっておこう」


 棚にあった髪飾りを一つ渡すと、ディチェムは喜んで帰っていった。

 言った通り、あくまで火薬の爆発によるものとするために、火薬を店主の周囲にばら撒いた。


 さて私も帰るとするか。

 見てきた限り、問題はなかったように思う。結果は上々だろうと安心して、例の指輪も忘れることなく、私はその店パース・アルベドをあとにした。

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