第113話:それはいずこ

「それは確かにフロちが言ったのかにゃ」

「言いました。小さな村だと」


 そう答えながらも、矛盾には気づいていた。

 フラウから聞いたときにはたぶん舞い上がっていたと思うから、その時のボクはそこまで考えなかったのだろう。


 あえてそうと言うほど小さな村に、名前などあるはずがない。


「村じゃなくても、そう呼ばれる場所に心当たりは……」

「聞いたことはあるにゃ。でも、そんな場所があるらしいって噂だけにゃ。具体的なことは全然にゃ」


 僅かな情報から正確な裏付けを行うのはトイガーさんの特技だが、団長は聞けば大抵のことを知っている。

 精通の度合いこそまちまちだが、全く知らないという場面は見たことがない。


 それこそ滅びた王国ではやっていた遊びなんかも知っていて、どこでどうやって仕入れた知識なのやら見当もつかないことも多い。


 ──その団長ですらどこと言えないのでは、調べようがない。


「知ってるみゃ」


 糸口がなくなったかと、思いかけた。そのボクの背中にかけられたのは、トンちゃんの声。


「本当ですか!」


 振り返って、疲れが残っている様子のトンちゃんの肩を掴んだ。トンちゃんの顔が、月の女神キスニアにさえ見える。


「嘘を吐いてどうするみゃ」


 面倒臭そうにボクの手をするりとかわして、トンちゃんは低い壁にもたれかかった。いつものふわりとした感じではなく、思い切り体重を預けているのが分かる。


「いいのかにゃ」

「構わないみゃ」


 団長は何を確認したのか、トンちゃんはへらへらと軽薄に笑った。それだけで通じたらしく、団長は口を閉ざした。


「レリクタは、人の湧く村と呼ばれてるみゃ」

「人が湧く? 地面から水が出るみたいにってことです?」

「そんなことは起こらないみゃ。そんな風には見えるけどみゃ」


 どういうことだか、よく分からない。顔に出したボクに、トンちゃんはまあまあと言った。


「順番に話してやるみゃ」


 それからトンちゃんが話した内容は、なかなかに……。






「先に言ってしまうと、レリクタは特定の一カ所を指してはいないみゃ。その場所を行き来する人間は居ないから、呼び名は一つでいいのみゃ。


 街中でも田舎でも、人が突然に居なくなることはあるみゃ? その内の何人かはそこに連れていかれてるみゃ。


 連れていくのは、子どもだけみゃ。それも貧民街に居て餓死する直前とか、住む場所と食事を与えれば、喜んで居つくような境遇の小さい子どもみゃ。


 子どもが大人になると、子どもを産ませるみゃ。だからよそから連れてくるのは、人数が足りない以外の理由があるんだろうみゃ。


 子どもたちは――要するに実験用みゃ。小さな内から武器を与えれば、知識を与えれば、価値観を与えれば、どう育つかを観察するらしいみゃ。

 もちろん、子を産ませるのも実験みゃ。その人数も相当なものみゃ。人の湧く村と言われるだけはあるみゃ。


 そうやっていると、中には突飛な才能に目覚める子も居るみゃ。そういう子は、また別の使い方をされるみゃ。例えば暗殺者とかみゃ。


 どうしてそこまで知ってるのかみゃ?

 大した話じゃないみゃ。ウチがここに来る前に知ってた奴が、突然に連れ去られたみゃ。そいつが連れていかれたのが、レリクタの集落の一つだったみゃ。


 聞いたこともないような毒を使ったり、知ってる毒でもそんな使い方があるのかって驚かされることが多かったみゃ。

 いや、連れていかれるのを追っていって、そこで初めて知ったみゃ。それまでそんな場所のことなんて、全然知らなかったみゃ。


 辺鄙なところだったみゃ。だからかどうか知らないけど、あまり警戒はしてなかったみゃ。忍び込むのは簡単だったみゃ。

 でもウチも、まだまだへっぽこだったみゃ。あいつを逃がしてやることが出来なかったみゃ。


 まあ今もシャムの奴に怪我させてるくらいだから、ウチは全然駄目な奴みゃ」






 最後に自嘲したトンちゃんは、唇を噛みしめた。苛としているのを隠そうともしない。

 それでもボクが、何か慰める言葉でもかけようとすると


「お前に何か言ってもらうほど、落ちぶれてないみゃ」


と、ニヒルに笑って言った。


 強いな……。


 それはここで弱音を吐けば、立ち直れなくなるという自分への反発なのかもしれない。それでも少なくともボクには、そんな強がりさえ出来ないだろう。

 先日までの、全てをフラウの嘘のせいにしていた自分が恥ずかしい。


「お姫さまは薬を使うのが得意だみゃ? だからたぶん、ウチが知ってる場所に連れていかれてると思うみゃ。取り返しに行くなら、付き合ってやるみゃ」

「あ、ええと。ありがとうございます――」


 トンちゃんは面倒臭がりで、団長に言われたことなら二つ返事でやるけれど、それ以外はトイレにさえ行かないで済む方法を考える人だ。


 それが誰も言わないうちに、自分から手伝うと言ってくれるとは意外だった。


「何を間抜けな顔で、素っ頓狂なことを言ってるみゃ。手伝うとは言ってないみゃ」

「え、でも」

「付き合ってやると言ったみゃ? アビスが行くなら、ウチもついでに私怨を晴らしに行くみゃ」


 トンちゃんの目に、殺気がみなぎる。これがボクに向けられたものでなくて良かったと、身震いするほどの。


「二つほど、でっかい借りを返さないといけないのみゃ」


 思わず目を逸らすと、団長が建物の中へ戻ろうと向きを変えた。その口からは、低く、低く、「なあぁお」と鳴き声が発せられた。

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