第112話:立ちはだかる課題

「問題があるにゃ」


 言うなり、団長は上の階に向かった。もちろんボクもついていく。

 ある一室の手前で立ち止まると、


「そっと覗いてみるにゃ」


と言われた。

 その通り覗く──と、中にはトンちゃんが居た。ベッドの脇に座って、居眠りしているらしい。


 ベッドにも誰か居る。あれは、シャムさんだ。どちらかというとケンカ友達みたいな二人がそうしているのは、意外な光景だった。

 いやさ男女の仲にでもなったのかと、下衆な勘繰りをしてしまったのは否定しない。でも違うらしい。


 毛布から出ているシャムさんの腕には、包帯が巻かれている。額にも手拭いが載せられて、心なしか苦しそうな表情だ。


「怪我を?」

「あたしたちのアジトで、花火をした連中にゃ。おかげでフロちを見失ったにゃ」


 この二人が一緒に居てそうなるって……どれだけの相手が居たのだろう。

 しかもフラウを追跡してくれていたとは。ボクたちを告げ口しただけで終わりと言っていた、オクティアさんの顔が浮かぶ。


 嘘吐きめ。


「フロちと会ってから、トンちゃんがずっと見ててくれたにゃ。それで分かったのは、サマム伯爵とディアル侯爵も関わってることにゃ」

「でもそのどちらにも居ない?」


 団長は悔しそうに頷いて、トンちゃんたちの居る部屋を離れた。


「フロちは知ってることも多いだろうから、放っぽっておくことも出来ないと思うにゃ」


 天井が崩れてバルコニーみたいになった部屋に出て、団長は空を仰ぐ。


 この状況で他の人がそんなことをすれば、色々諦めたようにしか見えない。でも団長だと、ここを吹く風に乗ってすぐにでも、どこへでも飛んでいきそうに見える。


「でもその様子がない」

「そういうことにゃ。それともう一つ、東の戦況が良くないにゃ」

「ジューニの? 食料は届いたんですよね」


 良くない、ということは負けたというのでもないのだろう。孤立して籠城でもしているのだろうか。


「届いてないにゃ」


 やはり籠城か──しかも食料が間に合わなかったとか、最悪じゃないか。


「というより、届ける先がなくなったにゃ」

「え……? ジューニが──ワシツ将軍が負けたんですか!」


 俄に信じられなかった。ボクの感覚から言えば、ジューニは遥か昔から将軍の支配下で、それは決まりごとのようなものだ。


 ひっくり返るなんて……。


「おかげで、街道沿いは厳戒態勢にゃ」

「ああ──そうなりますね」


 落とされたジューニの包囲は、すぐに行われただろう。それでも国境線が破られたとなると、警戒が厳重になるのは必然だ。


「下手にあちこち嗅ぎ回るのは、避けたいにゃ」

「そりゃあ、そうですね」


 うんうんと頷いて、賛同していることは存分に示した。でも、団長の目が──じとっと湿り気のある、責めるような視線だった。


「……フロちとたくさん話してるのは、アビたんにゃ」

「そうですが──って、そういうことですか。すみません」


 新たに情報を求めることが難しいのなら、既にある情報にヒントを求めるしかない。その可能性が一番高いのは、ボクに決まっている。

 そりゃあそうですとか、呑気に相槌を打っていてどうするのか、だ。


「でも、手がかり──」


 フラウと話してきた中に、それともフラウの家に、今居る場所に繋がるものなどあっただろうか。

 あれこれ思い出しても、他愛のない世間話か、フラウにからかわれた記憶しか出てこない。


「うちの団のこととか、何でも話していいって言ったにゃ。何か少しくらい話したにゃ?」


 話してないのなら想定外だと、次には責められるのだろう。それが想像できる気安さで、団長は聞いてきた。


「……すみません」

「びびりだにゃ」


 返す言葉もない。

 必ずしも相手のことを聞くだけが楽しい会話ではないだろうと、日和見をしたのがここで効いてくるとは。


 期待ということでさえない、ある程度あって当然のことさえ出来ていなくて、逃げ出したくなった。


「アビたんの教育は別にしても、困ったにゃ」


 再教育されるのか──。


 団長によるそれがどんなものか、何だか恐ろしげではある。

 しかし今はそんなことより、フラウのことだ。こめかみの辺りに指を当てて、本気で考え始めたらしい団長にばかり任せているわけにはいかない。


「あっ……」

「どうしたにゃ?」


 突然にふっと、フラウと話した場面を思い出した。

 それは正に、さっき話したジューニでのこと。美しい月を見ながら話した夜のこと。


「レリクタ、って知ってますか」

「知ってると言えば知ってるにゃ」


 団長にしては歯切れの悪い反応は気になるが、ともかくフラウが自分で育った場所だと言った。

 フラウの家を見てきたボクには、それが彼女に課せられているあれこれに繋がる場所だと推測がついた。


「その村とか、その近くに居るかもしれません」

「ううん──そうなのかにゃ?」


 有力な手がかりかもと考えるボクとは対象的に、団長は戸惑うような態度を見せるばかりだった。

 その場所についてどうこうでなく、どうもボク自身に対して、何を言っているんだと訝しんでいるように見える。


 どうしてそういう態度になるのだろう? と、ボクももちろん訝しく思う。

 それでお互いに首を捻っている状況に、とうとう団長が一つの答えを言った。


「レリクタで間違いないにゃ? ――それは、存在しないという意味にゃ」

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