第100話:面倒臭い
「うわあ……」
思わずため息がもれる。考えてみればアムニスまでなら何度も来たけれど、カストラ砦に来るのは初めてだ。
盗賊が用のある場所ではないし、それ以前はろくに出歩くこともなかったから、当然ではあるが。
「何だかもう、壁って感じですね」
「見たままだねえ」
コニーさんには笑われたが、ボクにとってそうとしか言えなかった。
城や砦はその本来の軍事的用途の他に住居としての側面があって、なるほどそういう形をしているものだ。
ここも砦で、住みこんでいる兵士はたくさん居るのだろうけれど、やはり関所として物や人の流れを受け止める壁という印象が強い。
「ここは『最近どう?』とか聞ける雰囲気じゃないねえ。見るだけでいいのお?」
コニーさんの言う通り、関所の用を果たしている門だけでなく、上にも下にも巡回している兵士が多い。監視塔だっていくつもある。
正に厳戒態勢といった感じだった。
門を通過していく人は少なく、元々が他の国から来た人か、いくつもの国を渡り歩く交易商人くらいだろう。
「そうするしか出来ませんね」
ボクが人に期待されることなんて、限られている。ましてや今回は、依頼人がアレクサンド夫人だ。
まあ、あれもこれもと期待されすぎて、結局何をすればいいのか分からなくなるよりはいい。じっくり見せてもらうことにした。
「おい、お前たちは何をしている」
街道脇に座りこんで、まだ数分だというのに声をかけられた。緊張具合が酷いなこれは。
「有名なカストラ砦を見に来て、休憩中だよお」
「休憩にしては長いな。ちょっとこっちに来てもらおうか」
そういう設定にしようと相談していた通り、コニーさんは答えた。しかし兵士は門の脇に居る、仲間の兵士たちのところへボクたちを連れて行った。これはもう言いがかりとかでさえなく、ボクたちが何と答えようと調べる気だったのだろう。
「ん、お前はキトルか」
質問をするのは、その場のリーダー格らしい別の兵士に替わった。最初に声をかけてきた兵士は、どこかへ駆けていった。
下っ端は大変だね。
「そうだよお」
遠目だったから彼らはコニーさんのことを、ハンブルの女の子だと思っていたに違いない。しかも後者については、誤りだとまだ気づいていない。
「身分と名前、ここに来た目的は?」
こういうところでまず聞かれるだろう相場通りの質問に、コニーさんは正直に答えた。
ああ、いや。コーニッシュとアビスだと名乗ったから、正直でもないか。
「こっちのアビたんがこの砦を見たことないって言うから、見に来たんだよお。見学がてら休憩して、もうちょっとしたらアムニスに戻るつもりだったよお」
「そうか。商人にしては何も持っていないな。持ち物を見せてもらおうか」
さすがにここでいきなり、身包みを剥がされたりはしなかった。袋類やポケットの中身を、台の上に並べただけだ。
「兵士さんに言うのも何だけど、戦争がどうこうで商売って雰囲気じゃないらしいから、見てくるように頼まれたんだよお」
「ああ、なるほどな」
本当にそうなのだから信じてもらえないと困るけれど、どうやら納得してくれたらしい。持ち物をしまっていいと言われた。
「じゃあこれ以上邪魔すると悪いから、おいらたちは帰るよお」
「いや、それは待て」
疑いも晴れて「気をつけてな」くらい言ってくれそうな雰囲気でさえあったのに、止められた。
「まだ何か問題があるのかなあ?」
「そうではないが──」
兵士は何かを待っているらしく、振り返った。
ボクもその方向を見ると、先ほど駆けていった兵士がもう一人誰かを連れてこちらに向かっていた。
「シイ百人隊長だ」
「ここで一番偉い人お?」
兵士は短く「そうだ」と答えて、シイ隊長に場所を譲った。しかし当人はその場に留まる気はないらしく
「こんなところで俺も暇なのだ。茶でも付き合ってくれ」
と豪快に笑いながら通り過ぎていった。僅かに一歩、ボクとコニーさんの姿を確かめるのに立ち止まりはしたような気もする。
「行こう」
リーダー格の兵士がボクたちを後ろから急かすので、渋々ついていく。当人はこちらがついてきているのか、確かめる気もないようだ。
ちょっと苦手なタイプかな……。
人と対するのに色々な立ち位置を取る人が居るけれど、そもそもこういう相手の話を聞かなそうな人が一番嫌かもしれない。
門から少し離れていて、柱やら何やらで直接は見えない位置にある扉をシイ隊長は開けた。嫌がったところでどうもならないので、ボクたちも素直に続く。
中はまあまあの広さで、テーブルや椅子が何セットか置いてあった。休憩室といったところだろうか。
シイ隊長がどっかり座った場所から少し離れた椅子を選んで、コニーさんと並んで座る。するとすぐ、シイ隊長が聞いてきた。
「アレクサンド商会の依頼で来たと聞いたが?」
面倒臭そうな人に、面倒臭いことを聞かれた。
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