第8章:西風薫る変奏曲
第99話:カストラ砦へ
牢を出られたのは、夜が明けて数時間経ってからだった。
しかし案内されたのはだだっ広いホールの真ん中のようなところで、視界のあちこちで兵士が忙しく動いていた。
気分的にも落ち着かないし、吹き抜ける風も寒い。これなら牢の中のほうが良かったのではとまで思った。
扱いとしては投獄から軟禁に格上げされたので、メルエム男爵は言った通りに手続きをしてくれたようだ。それには素直に感謝する。
更にそれから解放されるまでには時間がかかって、結果として太陽が真上を過ぎていた。その間に考えごとをしても、明るい話になどなりそうもないことばかりになってしまった。
コニーさんはと言えば、ずっと眠っていた。ふてぶてしいというか、図々しいというか、そういう太い心持ちで居られるのは羨ましい。
実際のところは本気寝であったり、うとうととしていたり、寝ている振りであったりと色々だったけれど、きっとコニーさんなりの考えがあったのだろう。
おかげでボクは暇つぶしにお喋りをすることも出来ず、苦痛な時間を過ごす羽目になった。
さっきまで牢に居た人間がまだ監視下にあるのに、二人揃って眠っていてはまずかろうと思ったのだ。
「酷い目に遭いましたね」
「ああいう手合いは珍しくないよお。普通だとも言わないけどお」
昼食は歩きながら済ませて、アレクサンド夫人に頼まれた件を片付けていった。
昨夜の今で何を真面目にと我ながら思うけれど、気晴らしに楽しいことをするような気分にもなれなかった。
「レンドルさんは大丈夫ですかね……」
解放される時に、レンドルさんの所在や容態を訪ねた。でも「お前たちには関係ない」「悪いようにはしない」とあしらわれてしまった。
関係ないのは確かにそうかもしれないが、悪いようにされた結果としての今なので不安しかなかった。
「イルスは残念だったけどねえ。爺ちゃんは大丈夫だよお。あれでも相当の悪者だからあ」
「悪者? レンドルさんがです?」
「そうだよお。身分はうまいこと新しくしたみたいだけど、こっちの世界じゃ知ってる人は知ってるよお」
意外だった。ボクのイメージとしてはいわゆる好々爺という感じのレンドルさんが、そんなだったとは。
ああ──山賊たちに仕事をさせる手際はすごかったな、そういえば。
「悪者というと、具体的には?」
「ううん──アビたんに言うと、ひょえええってびっくりしちゃいそうだから、今は内緒にしておくよお」
そんなにか。
歴史に名を残すほど有名になった大盗賊や、国家をひっくり返した荒くれ者なんかが頭に浮かぶ。
いや、そこまでではないだろうけど……。
「そんな人がどうして牧場を?」
「あの山賊たちみたいに、大勢を匿ったり出来るからだってさ。昔の悪行の罪滅ぼしとか言ってたけど」
どういう心境の変化でそういうことになったのか知らないけれど、では昨夜のようなこともある程度は覚悟の上だったのだろうか。
もしそうだったからといっても、ボクたちが迷惑をかけたことに変わりはないが。
「罪滅ぼしなら、悪党を助けてちゃ駄目だと思うんだけどねえ」
「本当ですね」
笑いながら言われて、ははとボクも笑った。
──でも、そうだろうか。
山賊たちは、牧場の仕事も楽しいと言っていた。それがレンドルさんの罪滅ぼしなのか?
それをどれだけ考えても、まずレンドルさんが何をしてきたのかさえ知らないボクには、さっぱり何も分からない。
──アレクサンド夫人に指定されたのは、アムニスの商人ギルド、漁師ギルド、職人街。それから裏取引をしている商人の何人かと、盗賊の溜まり場だった。
様子を見てこいと言われただけなので、特に振る話もない。そうなると、今この街で旬の話題ということになる。
誰に話を聞いても、そろそろ避難しておいたほうがいいだろうかとか、戦争になんてなったら商売上がったりだとか、逆に儲け時だとか、他の市民と大差なかった。
ただその中に一人、他と違うことを自信を持って言う人が居た。
「ガルイアは攻めて来ないよ。むしろぴりぴりしてる兵士のほうがたちが悪い」
穀物の仲介取引をしているその商人に理由を聞くと「見てたら分かる」としか教えてくれなかった。
「商人にとってはお客なんて、お金を払いさえすれば誰でもいいんだよお。だから彼らが見る物と言ったら、商品と帳面だろうねえ」
その商人と別れたあと、コニーさんはそう解説してくれた。でも具体的にどうして分かったのかは、コニーさんも分からないそうだった。
それから町を出て、エストトゥードを西に向かった。これで本当に役目を果たせているのか? と不安もあったが、目標値を示されていないので自己解決は出来ない。
せいぜい見たことや聞いたことを、しっかり覚えておくくらいが関の山だった。
ところでアムニスの町があるのは、フルーメン侯爵の領地だ。その西側にはまだ、ガルイア王国までいくらかのハウジア王国領が広がっている。
しかし仮に攻め込まれたとして、その軍勢を受け止めるのはここだ。
広い街道と近くにある丘までをも飲み込むように、或いは踏みつぶすように、フルーメン領の西端に、それは築かれている。
巨石を積み上げて造られた胴体に厳重な門を備えた、カストラ砦。王国の西の拠点の一つであり、アレクサンド夫人に依頼された、最後の場所だ。
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