第98話:落胆と疑い

「また君か……」


 落ち込んだ声で、メルエム男爵は言った。

 そこにあるのは怒りのようでも蔑みのようでもあって、どちらにしろボクを責める視線に間違いなかった。


「今晩の件については、私もざっと聞いているだけだから何とも言えないけれど。君の立場は必ずしも良くない」

「そんな。ほとんどさっきの人のでっちあげですよ!」

「ほとんど、ね」


 さっきまでの怒りを残しつつも、嘘を吐ききれないボクを、男爵は苦渋の顔で笑った。


「私がどう考えるかではないんだ。一連の山賊の件について、どこを開いても君の名が出てくる。これを第三者がどう見るのかなんだよ」

「フラウを助けに行ったことさえ、狂言だと?」

「まだそこまでは言わない。でも、そう考える人が居てもおかしくないのは分かるだろう?」


 それは分かる。事実がどうだったかなんて、その場に居なければ分からない。

 何か事件が起きると、大抵の場合は関係する人たちの話を総合して、事実らしきものを想像するだけなのだから。


「まだ、なんですね」

「私も感情ではそうだと考えてしまうのを、否定出来ない。でもそれは、法の依るところではないからね」


 つまり証拠がないから捕まえないだけだと。男爵は、そう言ったに等しい。


「彼らの行いは、褒められたものではないよ。それでも焼け跡から何かが見つかれば、それ見たことかとはなるだろう」


 勝てば正義というやつか。今晩のような件でそれがまかり通るのは、横暴に過ぎる。

 ただこの点には、男爵も苦々しく思っているようではあった。


「ではそれまで、ボクたちも出られないんですか?」

「いやそれは出られるように、手続きしよう。もう少し待遇のいい部屋へ移るだけにはなってしまうけれどね」


 ここで男爵に噛みついても、何も良いことはなさそうだ。おとなしく配慮だけを頂戴するとしよう。


 男爵は急におとなしくなったボクを訝しんでいた。そのせいかしばらく黙って、僅かながらも記録されていた調書を読んでいた。


「──芸人だったかな」


 おもむろに、これまでと矛先の違う質問が飛んできた。


「はい?」

「君たちの言う芸人の男たちは、どこへ行ったんだい?」

「どこへって……」


 ストルトの言うように包囲が万全であれば、焼け落ちた建物の中だ。そうでなければ、今はどこを目指しているやら見当もつかない。


 何と答えたものか困って、コニーさんに視線を送った。

 コニーさんはストルトが下がったあと、その部屋にあった手拭いを勝手に使って、体を拭いていた。


 彼からすればいきなり現れた男爵が何者か分からないだろうし、話がぽんぽんと進むので特に口を出す理由もなかったのだろう。


「ん、あの人たち? ガルイアには行けないから、さあねえ。北に行ったか東に行ったか」

「おや、もう脱出していたのかい」


 そこで初めて男爵はコニーさんが濡れているのに気づいて、ボクにも手拭いを与えるよう牢番に言った。


「脱出ではないよお。あの人たちは気まぐれだからねえ。晩ごはんを食べたら気分が良くなって、出ていっちゃったのさあ」

「それはタイミングのいいことだね。ならば死体は出ないということだ」


 皮肉めいた言い回しにも、コニーさんはきょとんとした顔で「そうなるねえ」ととぼけきった。


 コニーさんを牢に戻して


「手続きとは時間のかかるものでね。急かしてはおくよ。朝には私も移動するから、立ち会えないかもしれない」


と男爵は言った。


 少なくとも朝まではこのままということか。毛布ももらえたから、まあいいけど……。


「そういえば、ジェリスに行ったんじゃなかったんです?」

「ああ──」


 カテワルトから見ると、ジェリスはマクシラの向こう。アムニスはスーペリアの向こうにあって、東西が正反対だ。ちょっと寄り道という距離ではない。


「まあこれくらいはいいか。知っているように、ガルイア方面も緊張感があってね。巡回がてら、領海を一周してから向かってるんだよ」


 ボクに対する疑いを濃くした男爵は、もう何も教えたくないのだろう。それでも今の内容は、聞いても何に役立たせることも出来ない。


 そもそも巡回というより示威行動で「こちらにはこれだけの海軍力がありますよ」とやっているんだろうから、ボクが言いふらしたほうがいいくらいなんだろう。


「じゃあ次は、まともな対面になることを祈っているよ」


 男爵はそう言い残して去っていった。するとコニーさんは特に何を語るでもなく、さっさと寝てしまった。


 ボクはといえば、牢番の巡回の音が耳につく真っ暗な部屋の中で、一人考えていた。


 まずレンドルさんのこと。

 今、どうしているのだろう。手当ては受けたのだろうか。


 次に山賊たちのこと。

 彼らのことは、まあいいや。成行きでしかないし、無事でいてくれたほうが寝覚めがいいというくらいだ。


 最後に男爵と兵士たちのこと。

 ストルトたちは、恐らくイレギュラーなのだとは思う。治安を守る兵士たちがみんなあんなのでは、もっと不満が出ているはずだ。


 でも男爵はどうか。ああまで頑なに公正であろうとする人は、稀有ではないだろうか。あれでは逆に、及び腰だと不満が出るかもしれない。


 この国の兵士の平均値が出るものであれば、一体どちらに近いものなのか。

 しかしどうであれこちらは取り締まられるばかりで、それはおかしいと言える場はない。


 強い者の作ったルールの上で、転がされているしかないなんてまっぴらだ。


 久方ぶりに言葉として強くそう思った。やれやれ悪夢なんか見ないといいけれどと考えているうちに、ボクはいつの間にか眠っていた。

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