第72話:追跡
ロンジトゥードを北上する。行き先は聞いていない。
隣を走る団長はボクにペースを合わせてくれているおかげで、疲れた素振りなど全くない。ボクはかなり疲れてきたが、まだ二晩を走っただけで、日中は休んでいたから問題ない。
他の団員もペースを合わせて移動しているはずだけれど、姿は全く見えない。目的地は知っているみたいだから、先行している人も居るのかもしれない。
「もうすぐにゃ」
夜もかなり遅く、もう少ししたら朝と表現するころになって、団長は足を止めた。
しかしそこはまだ、ロンジトゥードの途上だ。さらわれた先ということで、町中の建物か、人里離れた山中の小屋かと想像していたボクには意外だった。
人里離れていることには違いないか。
ボクの距離感覚が間違っていなければ、ここはサマム領のはずだ。ここから
行く先は相当に高い丘になっていて、そういう意味でもあちらとこちらでは隔たりがある。
「あっちはハイル丘陵ですね。こんなところに?」
「そうにゃ」
ボクの息が整うまで待って、団長はまた走り始めた。何を目印にしているのか、迷うことなく街道から外れた林の中に入っていく。
文書を運んでくれるクィラを使ってトンちゃんが飛ばした手紙に、そんな細かいことまで書かれていたんだろうか?
林の中の小さな勾配を何度か登って下って、今度は手振りで止まるように合図があった。
数歩先を走っていた団長に並んで、先のほうに目を凝らしてみる。
――あそこか。
こんなところにあるにしては、大きめの小屋が建っていた。家と呼んでも差し支えない造りだ。その前には、エコリアでも入って来れそうな小道がある。
発情期のキトンが警戒しているように「なぁご」と、団長が鳴いた。
人影や明かりは見えない。寝静まっているわけではないだろうけど――明かりが点いているのを誰かに覚えられては困ると用心しているのかもしれない。
「団長、来たか」
頭上で声がしたかと思うと、シャムさんが降ってきた。着地しても全く音がしない。
落ち葉もあるのに、名人芸だなあ。
「移動したかにゃ」
「そうらしい」
シャムさんは、手にしていた物を出した。単なる棒のような投擲ナイフ。トンちゃんの物だ。
その頭には色が付けられている。トンちゃんはこれを攻撃にでなく、移動方向を示すために使う。
「どっちかにゃ?」
シャムさんは「あっちだ」と指をさした。その方向には領都がある。
「それと、これが埋めてあった」
「これは――フロちの匂いがするにゃ」
団長がすんと匂いを嗅いで、ボクに手渡した。色の濃い布の塊。広げてみると、夜着だった。
形はフラウがさらわれた時に着ていた物と同じ。匂いを嗅いでみると、確かにフラウの使っている香料の香りがする。
「嘔吐してます」
「そうみたいだにゃ」
つんと鼻を衝く、酸っぱい臭い。これは胃液だろう。シャムさんも「中を見たが、その跡があった」と言っている。
どういうことだ。彼女が奴らの仲間なら、どうして嘔吐するような事態になる。裏切り? それとも用済みになって、暴行を――。
いや、それならここから領都に向かうだろうか。ちょっとおかしい気がする。
「これが何だかは、行ってみれば分かるにゃ。トンちゃんも心配だしにゃ」
「トンちゃ――トンキニーズさんがですか?」
団長は「にゃん」とだけ返事をして、シャムさんには領都に入るなと言った。
「アビたん、まだ走れるかにゃ?」
「もちろんです。これから一昼夜だって行けますよ」
「無理はだめにゃん」
一昼夜は行けなくもないが、そんなことをすればボクはへとへとで動けなくなるだろう。団長もそれは分かっていて、にゃにゃと笑い飛ばした。
そんな強がりでも言わなければ、フラウが何者かと悩んでいるのに加えて、フラウが今どうなっているのかと考え込みそうになる。
今ここで考えたって何も結論は出ない。団長の言う通り、行ってみれば分かるのだ。この夜が明ける前に、領都へ着くだろうか。
ボクはまた、団長と並んで走り始めた。
他の団員に伝言をするためか、シャムさんは見当違いの方向に姿を消した。
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