第73話:領都の商人
サマム伯爵領、領都サマム。
虚栄の町。ハウジア王国で何番目かくらいには語られる、大きな街だ。
カテワルトの住民である印と行商の許可証を出して、団長は市門を通り抜けた。
「名高いサマムで何が取引されているのか、見にきたにゃ。何が売れるかも分からないのに、品物は仕入れないにゃん」
手ぶらである理由を説明するのに、団長はとても堂々としていた。ボクならおどおどしてしまって、怪しまれているだろう。
実際カテワルトとこちらを行き来する行商人は、海沿いを行き来する人数よりも数を減らす。
ハイル丘陵を避けるルートは峡谷になっていて、山賊や野盗に襲われるとどうにも出来ない。
隊商と呼べるくらいの人数を揃えるか、「そんなことを恐れてたら、商売なんて出来ねえぜ」と考える人がこちらに来るのだ。
町を東西に二分するフォセト川の支流が、さらさらと流れている。
街の中心となる大通りでもある、そのほとりを歩きながら
「あそこに連れていくのは目立つにゃ」
と団長は、北に見える小さな城を指さした。
小さいといってもリベインと比べればという話で、この町にある他の建物の何倍も大きい。
確かにそこに連れていけば中で何をしていても分からないが、市門でエコリアの中をあらためられたあとに連れていくものか疑問ではある。
「フロちは貴族だから、それが自然でもあるけどにゃ」
「どっちなんですか」
そう聞いたところで、団長にだって分かるわけがない。それはボクも分かっていて、あえて言った。
団長はそんな風にボクが戸惑うのを、楽しんでいるのだ。
「まあまあ、昼ごはんでも食べるにゃ」
団長はおいしそうなパンの匂いを発している店に、吸い寄せられていった。
驚いたことにその店は、首都かカテワルトくらいにしかないと思っていた
店の奥でパンを焼いているらしく、ボクのお腹もうるさく鳴き始めた。
「こっちで何を売るか考えるのに、協力してほしいにゃ」
頼んだ食事が来てから、団長は近くに座っていた若い商人風の男の席に移動した。まあ若いと言っても、ボクよりは十くらい上だろうけれど。
その男は、ユベンと名乗った。この町の商人ギルドで、使い走りのようなことをしているらしい。
いや本人は、折衝担当だと言っていたけれども。
「うまく息抜きをするのは、いいことにゃ」
「違う。英気を養い、今日の計画を立てているんだ」
落ち着いて言い訳をしたユベンさんは、余裕を見せているらしい表情で言う。
「まずはこの街を見ることかな。実際に店頭を見れば、何が売れているのか、何が残るのかは分かる。たったそれだけのことなのに、そうしない商人が何と多いことか」
「そうだにゃ。このあとそうしようと思うにゃ。でもそれだけじゃ、他の商人を出し抜けないにゃ。君なら他にもポイントを知ってるにゃ?」
自分の胸の下に回された団長の腕が、その膨らみを持ち上げる。反対の手は顎に当てられ、小悪魔のような笑みを飾っている。
ユベンさんの喉が、ごくりと鳴った。
「──他には、そうだなあ」
何から話せばいいか迷っている風だが、その先が一向に出てこない。
適当な間を見て、団長が切り出した。
「物の動きを見る以外だと、人の動きかにゃ。きっと細かく目を光らせてるにゃ?」
「人──あ、うん。そう、人の動きは大事だ。俺はこの町に入ってきた新参の商人の動きもチェックしてるから、そういう面には明るいんだ」
「えっ、じゃあボクたちのことも、もう知ってるんです?」
だとすれば、ものすごい情報網だ。
「えっ、あっ──そ、そうだな。もちろんだ」
「怪しいですね……」
「いや違う。お前たちはいつ来たんだ? きっと、門を通ってすぐだろう。俺が直接にチェックしてるわけじゃないからな」
なるほど、それはそうか。チェックをしている誰かと繋がりがあって、情報を取りまとめているわけだ。
それにしたって、見栄を張りかけたのは事実だが。まあ、今は苛めないでおこう。
「やっぱり君はすごいにゃ。それは誰にでも任せられる仕事じゃないにゃ。きっとこの町でも、信頼を置かれてる人なのにゃ。見込んで話してみて良かったにゃん」
「それほどでもないが」
ユベンさんの鼻の穴が広がって、自尊心をくすぐられているのが丸分かりだ。この人は親しまれる商人にはなれても、大商人にはなれそうもない。
それに引き換え、団長はよく口が回る。
言っている内容も、冷静に聞けば本当にそう思うかと聞きたくなるけれど、それを思わせぶりな態度でその気にさせるのがうまい。
そもそもユベンさんに話しかけたのはたまたま近くに座っていたからで、情報を聞けそうになければまた違う人を探していたに決まっている。
「ここは大きな町だから、貴族も良く通るのかにゃ? 移動中の貴族を相手にした商売はどうかにゃ」
「ううん──商品を吟味すれば出来るとは思う。まだそれを前面に出してやってるのは居ないしな」
どうやらそろそろ、核心を聞くらしい。
本当はボクも合いの手を入れたほうがいいのだろうけど、下手なことを言って機会を潰したくない。
そう考えて黙っておいた。
「簡単ではないのにゃ──。ううん、例えばこの二、三日は、貴族の往来があったのかにゃ?」
貴族は基本的に領地に居る。しかし首都や他の領主のところ、或いはある程度の外交を任されて、他国に移動する機会はままある。
国内に大小様々な町はあれど、立地によって貴族がよく訪れる町とそうでない町とは分かれるのだ。
「そうだなあ、三日前にはリマデス辺境伯のエコリアが首都のほうへ行ったけど、この町では止まらなかった。その前っていうとまた何日も前だし――考えてみるとそれほどの数じゃないな」
団長は平然と、興味深く話を聞く素振りを見せていた。しかしボクは危うかった。
いや、表情には出てしまっていただろう。フラウはこちらに来ていないのかと、驚いていた。
咳き込む振りをして、何とかごまかすことは出来たと思うが。
「ああ、そうだ昨日――いやでも、これはサマム伯だしな」
忘れていたと気を持たせることを言って、ユベンさんは話すのをやめようとした。しかしそれを逃す団長ではない。
「ここの領主さまも、移動することが多いのかにゃ?」
「ああ。多い時とそうでない時とまちまちだが、最近また多いな」
「あのお城を出入りするのかにゃ? 豪華なお城にゃ」
内心、獲物を狙うキトンの心持ちではあるだろう。でも団長は、そんな素振りを欠片も見せない。
「いや。領主さま自身が動くことは、あまりない。何かお使いを頼まれてるんだろうけど、良く市長の家にエコリアが出入りするんだ」
「なるほどにゃ。お使いなら、あたしたち商人に任せてくれればいいのににゃ」
「全くだ」
ユベンさんと団長が笑うのに合わせて、ボクも笑う。
さもおかしいというように顔を手で覆わなければ、市長の家はどこかと獲物を探す野獣のような視線を隠すことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます