第6章:惑う少年の器楽曲

第67話:動揺

「さて、どうしましょうか」

「お腹が減ったにゃ。何か食べていくにゃ」


 乗ってきたエコリアは壊れていて、エコもどこかに行ってしまっていたので、徒歩で帰ろうとしていた。


「コーラさん、完全に口調が地に戻ってますよ」

「ありゃ、そうだったにゃ。慣れない話し方は疲れるにゃん」


 男の顔でそんな可愛らしい言い方をされると、戸惑うじゃないか。


「でもお店なんて、やってるんですかね」


 もう昼中とはいえ、あの騒動があって数時間だ。まともに営業しているものだろうかと疑問だった。


「被害があったのは三郭だけにゃ。他の区画は暢気なものにゃ」


 一郭にある、常設の飲食店が多く建ち並ぶ通りに出ると、コーラさんの言った通り、普段と全く変わらない賑わいだった。

 どの店にするか悩む余地もなく、コーラさんが「あそこがいいにゃ」と言った、軽食を多く取りそろえる店の前に設置されたテーブルに落ち着く。


「その顔、どうしたんです?」

「アビたんは知らなかったかにゃ? 幻術の一種にゃ。自分の体にしか出来ないけどにゃん」


 注文を済ませると、コーラさんはその幻術とやらを解いて顔や体つきを元に戻す。それから邪魔な装備品も、全て取り外した。

 鎧下よろいしたも脱いで下着だけになると、その脇にすっと一人のキトルが歩み寄る。アジトではあまり見かけない、主に首都に居るうちの団員だ。


 そのキトル――女の子だ――は、団長が意外と几帳面に積み重ねていた装備品の数々を手早く縛って軽々と抱え、着替えを差し出して去っていった。


 大銀貨一枚のお駄賃と引き換えに手に入れた服を団長が素早く着たところで、先ほど注文を聞いてくれた男性が料理を持ってやってきた。


「お待たせしま……した。この料理はそちらで?」

「いただくにゃん」


 男性はもちろん驚いていたが、それ以上何も聞かなかった。さすがはプロだと褒めるべきなのだろう。まあ、服を着たところで下着姿と大差ない、団長の服装のほうに驚いたのかもしれないが。


 ボクはその一部始終を、目を覆っていたので見ていない。大銀貨を渡したことなんかをなぜ知っているのかは、ボクの名誉のために言うことが出来ない。


「どうして何もしなかったんです?」

「あたしは来たにゃん?」

「そういうことじゃないです」


 報告会で示した資料を作るのに、団員の手間はほとんどかかっていないだろう。もしその手間が必要だったとしても、それならそんな資料よりも事態に対して何かするほうを優先するのが今までのうちだったはずだ。


「さらわれた人だって何人も居るのに」

「誰もさらわれてないにゃ。フロち以外は、だけどにゃ」

「え? それは助けたんですか」


 聞けば誘拐されそうになった人たちだけは、人混みに紛れたうちの団員が救い出していたらしい。今は三郭内の一カ所に集めてあるので、すぐに発見されるだろう、と。


「そんなことをするなら、もっと色々動けば良かったじゃないですか。家を壊された人も、たくさん居るんですよ。死んだ人だって──」

「死んでしまったのはかわいそうだけどにゃ。三郭は貴族と大商人ばかりにゃ。家を壊されるくらいは、どうってことないにゃ。職人さんたちが、仕事が増えたって喜ぶくらいにゃ」

「それはそうかもしれませんけど――」


 団長の言うことに間違いはなかったが、納得も出来ない。何か考えがあって、あの黒い服の奴らとの約束を守ろうとしているのかもしれないが、人さらいは止めたというなら矛盾しているじゃないか。


 それに、フラウがさらわれたのはどうでもいいようにしか聞こえない。


「フラウはさらわれたんですよ」

「正確に言えば、フロちもさらわれてないにゃ。首都から別の場所に連れていかれただけにゃ」

「……それはどういうことですか」


 団長が言ったことの前半と後半は、同じことを言っているようで違っていた。さらわれると同じ意味になるには、「強制的に」という言葉が必要だ。


 それはつまり、フラウも移動することを了承していたということになる。

 それは同時に、ウナムやクアトたちとフラウは関係者だということだ。


「アビたん、落ち着いて聞くにゃ」


 知らず、ボクの鼻息は荒くなっていた。団長の優し気な目に癒されて、深呼吸をした。


「この国に、エリアシアス男爵なんて家は存在しないにゃ」

「え、存在しな――え、え、え、じゃあフラウは、え?」


 家が存在しない。それはフラウが嘘を吐いていたということだ。奴らの関係者で、仲間で、昨夜のようなことを一緒にやろうというのなら、何かそれで得があるのかもしれない。


 そんなことはあり得ない、とは言えない。どんなことだって、全ての可能性はゼロじゃない。

 でも、信じたくない。


「それは確かなんですか」

「トイガーがずっと調べてきたにゃ」


 持っていたフォークが、乾いた木の音を鳴らして落ちた。

 あのトイガーさんが、緻密を実体化させたようなあの人が、フラウと知り合ってから今日までずっと調べていた。


 それは決定的だ……。


「──でもそうだとしても、だからって仲間というわけでは」

「仲間だにゃ」


 理解しろと、団長の目が言っていた。事実や気持ちをごまかしても、何も進展しないと。

 どうすればフラウを助けられるだろう。他に何をしていても、ずっと考え続けていた。その気持ちが、急激に萎んでいった。

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