第64話:御使の記憶ー2

 そんな生活が、一年も続いただろうか。フラウたちの前に、新しい監督者だと名乗る男がやって来た。


「どうにもここは出来が悪い」


 男の第一声は、それだった。

 大人たちの言う通り、お役目はきちんと果たしているのに。いやしかし最近は立て続けに何人もが死んでいる。そのことか。


 集められた子どもたちは、顔を見合わせて戸惑った。次には、まさか誰かが何かしたのかと疑心暗鬼をぶつけ合う。


「まあ落ち着け。悪いのはお前たちじゃない」


 言った男は、それまでの監督者であり、フラウの担当でもあるクラートを呼びつけた。


「お前らだよ!」


 拳を振るわれたクラートは尻もちをつき、他の大人たち共々、見下ろす男に震え上がった。

 子どもたちは、寒々とした目でそれを見ている。


「これからは忙しくなるが、お前たちの評価も上がる。嬉しいだろう?」


 また子どもたちに男が言うと、子どもたちは「はあい」と声を揃えた。フラウも言った。

 嬉しいなどと思ってはいなかったが、大人に同意を求められた時に「はい」と答える以外は教わっていなかった。


 男は年長の子どもたちに椅子を持ってこさせると、そこに座った。


「とりあえずお前たちがどれくらいのものか、俺自身が知っておく必要がある。こいつの担当は誰だ?」


 まだへたりこんだままのクラートを指して言われたので、フラウとその他に三人の子どもが手を挙げた。

 にやにやと笑いながら「こっちへ来い」と手招きされて、四人で男の前に並んだ。すると男は座ったまま身を乗り出して、四人の顔をそれぞれ眺める。


「ふん――とりあえずお前かな」


 女子ばかりの四人の中で、一番やせ細って背も低いフラウが指名された。

 他の三人はさがらせて、男は両足をがばと開く。


「俺は当分、ここに住むことになる。その間に俺が退屈するとまずいだろう? さあ、俺を楽しませるにはどうすればいい」


 なんだそんなことかと、フラウは安心した。一人だけで難しい課題をやらされて、悪い子だと言われるのを恐れていたからだ。


 でもそれならきっと、これでいいのよね。


 フラウは男の股の間にすっと入り、ズボンの前を器用に開く。それを男が機嫌良さげに「お」と反応したことで、自信を深めた。


 フラウが股に顔を埋めると、男は「いいぞ、そうだ」と声をかけた。

 いい加減に顎が疲れて開けていられなくなったころ、男は最高潮に達した。と同時に男は言う。


「使えないくせに、こっちの指導は上手いらしいな」


 他の大人たちに抱えられてようやく立っていたクラートは、顔を真っ赤にして俯いた。

 出された物を全て飲み込んだフラウは「良く出来た」と褒められて、多少の誇らしさを得たような気分になりながら子どもたちの中に戻った。


 ニヒテやネファにも「上手だったわね」「僕もあれくらい出来ればなあ」と褒められた。しかしそれは、フラウの心には響かなかった。


 それから毎日、子どもたち全員が一人ずつ男に呼ばれた。フラウを始めとして男に気に入られた子は何度も呼ばれたが、反対に「お前はもういい」と言われる子たちも居た。


 もういいと言われた子は、不思議とそれから何日も経たない間に死んでいった。それでも代わりの子はすぐに連れて来られたので、本来のお役目の人数が足らなくなることはなかった。


 気に入られた子たちが、何か特別待遇を得ることはなかった。むしろ男の目の前に居る機会が増えるので、気紛れな男が機嫌を悪くした時に被害を受けることも多かった。それで死んだ子もたくさん居た。


 恐らく最も気に入られていたのは、フラウと同室の髪を短くしている女の子と、フラウだっただろう。


 男は子どもだけでなく、大人たちも利用した。性別も人数も関係なく、その時の男の気分によって。だからフラウも、その集落に居たほとんどの人と交わった。


 最も気に入られている分、最も多く殴られもした。死にかけたことも何度かあったようだが、ろくな治療もされない中で生きていた。


 それが何年も続く間に、最初はそれでも感じていた、嬉しいとか、悲しいとか、怖いとか、感情と呼べるものは限りなく薄くなっていった。完全に消えたわけではなかったが、感情を理由にして動くことはなくなった。


 それが例えば涙のように、意思に関係なく出るものであっても。

 そんなある日、ネファが死んだ。

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