第41話:デルディ観光案内
客室を一つ与えてもらって、ふかふかのベッドで眠った。そんな経験は久しぶりで、快適な寝心地を楽しむ気持ちと、どこか寂しいと思う気持ちとが入り混じった。
夜が明けて朝食に呼ばれて行くと、昨夜の食卓と同じく、ワシツ将軍とフラウの他にデルディさんも居た。
ふと見ると、デルディさんがパンを千切っていた手を口元に持っていった。ごまかしているが、どうやらあくびを堪えているらしい。
それに将軍も気付いて「どうした、不調か?」と聞いた。
「申し訳ありません。昨夜の寝付きがよくなかったものですから。不調ではありません」
あご髭をつまんだ将軍は、
「細かいことは言わんがな。百人隊長ともあろう者が、それでは困るな」
と、呆れたように言う。
言い方こそ柔らかいけれど、あくび一つでこれか。しかも分からないように堪えていたのに。
メルエム男爵もそうだったけれど、軍人というのは厳格で真面目でないと務まらないらしい。
「は。お恥ずかしい限りです」
言葉通り、デルディさんは顔を少し赤くして俯いた。
「まあいい。午前中は、お二人の案内をして差し上げろ。めぼしい場所くらい知っておかねば、界隈を歩くのも難儀であろうからな」
「畏まりました」
「あ。お話に割り込んで、はしたないのですが――私は慰問団に合流しなければなりませんので、ご遠慮させていただきます」
それまで黙々と食事をしていたフラウが言うと、デルディさんはがっかりとした表情を見せ、それを見た将軍がまたため息を吐く。
「左様か。では夫人には護衛のどちらかを同行させよう」
この提案をセクサさんも居るからとフラウは丁重に断ったが、そういうわけにもいかぬと押し切られた。
食事のあと、フラウは言った通り慰問団の駐留場所に出かけ、コムさんが同行した。ボクはデルディさんと一緒だ。
「百人隊長って、部下が五百人も居るんですか? すごいですね」
「おお、良く知っているね。その通りだよ」
午後には市が立つという通りを歩きながら、聞いてみた。感心されたが、つい先日、メルエム男爵に教えてもらっただけだ。
「ここには百人隊長が五人居る。普通はその上に千人隊長が居るんだが、将軍が兼ねているな」
「あれ? それだと兵士が余りませんか?」
「他の隊の応援に回したりするために、余剰の兵も預かってるんだ。実際にそれをどう使うかの判断も任されている。たぶん他の部隊では、やっていないことだね」
それはそうだろう。戦闘がいつも正面衝突になるわけじゃない。既に手一杯な状態から更に敵が増えたとか、隣の部隊の人数が減り過ぎて割って入られそうとか。
そういう時に回す兵が居なければ、指揮官もどうしようもない。
「実際にその采配をするようなことは、よくあるんですか?」
「いや。百人隊長が何人も出るような事態は、俺が来てからは一度もない。複数の案件に対応するためというならあるけどね」
千人規模の事件はなくとも、何百人もで当たらなければならない事件が同時に起こるくらいはある。それはボクが想像していたよりも、随分きな臭い情勢だ。
「そうなんですね。城壁の外は、怪しいやつがうようよしてるんだ」
真面目くさって散策をしても仕方がない。そう思っておどけて言うと「いや」と否定があった。
「外はもちろんだけど、中も安心安全というわけじゃない。全くのよそ者がすぐに入れる状況でないのは見たと思うが、ずっとこの状況だからね。色々と鬱積したものはあるはずだよ」
「具体的にはどんなことが?」
「スリとか、屋外に置いた物がなくなるなんてことは、そう珍しくないかな」
わざわざそう言うからには、屋外にあって珍しくない物、例えば薪とか桶とか農具だろうか。或いは食べ物かもしれない。
デルディさんは明言しなかったが、話しぶりからそれは、特殊な環境に耐えてくれている住民たちに不満が溜まっていると言っているようだ。
こんな閉ざされた空間でそんなことをすれば、噂が立っただけでも住みにくくなるだろうに。
「フラウは大丈夫でしょうか」
「その辺りのことは、ユーニア子爵も領地を持つ身だから分かっているさ。慰問団のメンバーを、一人歩きさせたりはしない。だから君も出歩く時は誰かと一緒にするんだよ。エレンでもいいから」
なるほど。男でも女でも、屈強そうでもそうでなくても。複数の人をどうこうしようというほど、判断力を失ってはいない。でもその条件から外れれば、何か起こっても不思議ではない。
それは確かに、住民への慰問が必要だ。
食べる物があって、住む場所があって、命が常に危険でもない。言葉で言えばそうなのだけど、それはあくまで最低限だ。
いつ状況が引っ繰り返るかも分からないプレッシャーは、当事者以外には想像もつかない。
そんなギスギスした気持ちを癒すことが出来るのは、休養と娯楽だ。フラウの参加する慰問団の存在意義は、相当に大きいらしい。
「ちょうどこの先に見えている建物が、慰問団の宿泊場所だよ」
デルディさんが指さしたのは、屋根に旗竿の立った背の高い建物だ。集会所のような建物の前に、行列が出来ている。
「食材の配給をやっているらしいな」
「食材ですか? 手ぶらで帰っているように見えますけど」
行列はそれほど長くなかった。デルディさんの言う通りであれば、受け取りに多少の時間は必要だし、列から離れた人は野菜の一つも持っているべきだろう。
しかし列の先頭になった人は数秒で立ち去るから列は伸びず、その手には小さな袋さえ持っていない。
「
「その額をまとめて子爵が払うんですね。それはいい仕組みです」
デルディさんも「だろう?」と頷いた。買い物がストレス解消になるという人は多い。貧しい人にそれは出来ないが、この仕組みなら可能だ。
普段はやはり集会所であるらしい建物の目の前で、デルディさんのガイドがあった。
「あっちに見えるのが民間向けの役人詰所だ。君は商人だったか? ここのギルドに用があれば、そっちに見えている。何か道具を買うなら、そこの広い横町以外の店には行かないほうがいい――あ、これは住民には言わないでくれ」
「さすがよくご存知ですね」
デルディさんの説明は上辺だけでなく、実際にそこで体験しなければ分からないような補足がついていた。いくら何年も住んでいるからと、そこまで熟知していることに感心を通り越して驚いた。
「遊び人だからね。遊ぶなら一人でこそこそやっていても面白くないし、行った先で誰かと仲良くなったほうが面白いだろう? そうしてたら自然と覚えたのさ」
「ああ――すごいですね」
その意見には同意する。そう出来たらいいなとも思う。が、人見知りするボクには真似できない芸当だ。
それからまた少し歩いていくつかの建物を教えてもらって
「大体こんなところだ、他には?」
と聞かれた。
何かあるだろうかと考えたが、思いつかない。そう言うとデルディさんは大きな声で笑って言う。
「まあまた知りたくなったら聞いてくれ。とりあえず今日は、昼飯を食うのにいい店で終わりにしよう」
「えっ、もうお昼ですか?」
いくら何でも早すぎる。すわメイさんの新たなライバル登場か、と思ったが違った。
「歩きながら食べるのにいいような物も、たくさんあるんだ。おやつだな」
「それはいいですね」
まだお腹が減ったということはないが、味見程度に行ってみるならアリだろう。
ボクはまんまと提案に乗り、護衛の二人やエレンさんへのお土産を買いこんだ。
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