第35話:ミリア隊長の嗜好品
「なるほど。ではこれを購入することにします」
「気に入った物があって良かったですね。新調ですか?」
「ありがとう。これは新しく
二本の剣は両方とも
「兵長?」
聞き慣れない役職だった。そもそも軍人の役職なんてほとんど知らないから、聞き慣れている言葉なんてほとんどないのだろうけど。
「我が国の軍では五という数字で編成することが多くてね、兵士を五人集めた小さな隊を
「小さいとはいえ。集まりの長なんですね。それはお祝いしてあげないとです」
「そうなんだ。でも自分の部下だからと、いちいち装備品を一つ贈るなんてことはミリアくんしかやっていないけれどね」
男爵に褒められて、ミリア隊長はまた慌てた。今度は「ちょっ、そんっ、やっ――」と、照れてしまって何を言いたいのかさっぱり分からない。
「私のことはいいんですよ! もう用事も終わりましたし」
深呼吸をして、ミリア隊長は何とかそう言った。慌てぶりを笑っていた男爵も、それ以上にいじめる気はないようだ。
「そういえば、アビスくんは何を買いに?」
「持っていたナイフを壊してしまって、この鞘に合う物を探しに来たんです」
そう、前から使っていたナイフはウナムに破壊されてしまった。もちろん早いうちに新しく買うつもりではあったが、団長にああ言われて、すぐにでも買わないといけない気になってしまったのだ。
「なるほど。ちょっと見せてもらってもいいかな」
断る理由もなく、ボクは素直に鞘を外して差し出した。男爵は外装をちょっと眺めたあと、鞘をミリアさんに示した。
「作りのいい物だね。ミリアくん、君はナイフにちょっとうるさかっただろう? 選んであげてもらえないだろうか」
「私でよろしいのであれば喜んで」
ミリア隊長はまたボクを見るので、すぐに「お願いします」と頼んだ。
どれを選んでもいいと聞いてはいたものの、逆にそう言われたからこそかもしれないが、どんな物を買えば良いのか全くイメージが湧いていなかった。だからこの申し出は有難かった。
「長さは
「……ええと、よく旅をするので自衛用と、簡単な工作です」
危なかった。思わず戦闘用と言うところだった。
「彼は珍品を扱う商人なんだよ」
「了解しました。では見繕ってきましょう」
ミリア隊長は鼻歌交じりに、ナイフの飾られている壁面に向かった。
さっきの答えに一瞬詰まったのを変に思われていないか気になって、上目遣いに男爵を見た。
「ん?」
にこやかな笑顔と、ばっちり目が合ってしまった。
もうなんだその保護者っぽい眼差しは。疑われていないのは分かったが、その視線にさらされていたら、どうしていいのか分からない。
「あのっ。さっきのミリアさんが言ってたのって」
「さっき?」
本当に意味が分からなかったのもあって、質問をぶつけるという会話の初手に逃げた。
「ああ――平というのは手の平のことだよ。アビスくんの鞘は、手の平二つ分の長さの刃が入るっていうこと」
「じゃあ、欠きというのは?」
「刃の一部や峰に鋸刃を付けたり、戦闘用だと相手の刃を折るための切り欠きなんかがあるナイフもあってね、そういうのをまとめて欠きというんだ。いずれにしても普通のナイフの形から、欠損を作ることになるからね」
淀みなくすらすらと男爵は答える。軍人だったら普通の知識なのか、男爵も詳しい部類なのか。
ああでもミリア隊長が相談していたんだから、やっぱり詳しい人なのかな。
そう感心して「なるほど、よく分かりました」と言うタイミングは随分遅くなった。
そうこうしているうちに、ミリア隊長が三本のナイフを持って戻ってきた。
「工作にも使うということだったので、重心が手元にあるものを選びました」
ナイフはどれも簡単な作りの革の鞘に納められていて、違いが良く分からなかった。
そんなことを言えば、この店のナイフの全てが似たような物なので、じゃあ一体ボクはどうやって選ぶつもりだったのかと自問したくなるのだけれど。
「これはですね、刃の根元が切れないようになっているので、工作する時には指を掛けられます。それでこっちは切っ先が下げてあるので、反対の手を添えて作業するのに便利です。あとこっちのは――」
ボクの反応から、ナイフに関してまるで素人だと見抜いたのだろう。ミリア隊長のナイフ講義が始まった。怒涛の如く、ナイフ用語が展開される。
選んだナイフのどこが良いのかを説明するために、結局ボクと男爵もナイフの飾られている壁の前まで行って、選ばなかった物とどう違うのかを比較して見せられた。
「こちらは結局選ばなかったのですが、最後まで迷った物です。用途に対して刃の厚みが丁度いいのですが、残念ながら重心が少し先にあって使いにくいかと思いまして――」
彼女の講義を、メルエム男爵はふむふむと真面目に聞いていて、アッシさんは鼻をほじりながらもこちらに視線を向けている。
アッシさんからすれば知っていることばかりだと思うけれど、実際に来ている客が何を気にしているのかは参考になるのだろう。
ボクは正直なところ、情報量が多すぎて理解出来なかった。
「もしも鞘ごと替えてもいいのなら、今ここにある中ではこれが一番お勧めです。反りがもう少しきついので、その鞘には入りません」
最後にそう言われたナイフを手に取ってみると、動物の角を削って作った柄が手に良く馴染んで、重さも丁度いい。
鞘を腰に当てて抜いてみると、その感触も素晴らしいものだった。
「鞘走りもいいし、確かにいいナイフですね。でもやっぱり、この鞘に思い入れがあって――すみません」
「……いえいえ。道具を使う時に、そういうのも大事ですよ。ではこちらの三本も、実際に鞘に納めてみては?」
なるほど、それはそうだ。いま別の鞘に納まっているからといって、ボクの鞘で試してみない道理はない。
早速に試してみると、一番いいと言われた物にはどれも及ばなかった。でもこれだけ知識のあるミリア隊長が選んだだけあって、どれも良い感触であることも間違いなかった。
「――これ、かな」
三本の中で最も鍔が小さくて、表面の仕上げが滑らかな物を選んだ。何度も鞘から出し入れして、納得いく物を選んだと思う。
「なるほど」
「なるほど?」
「いえ。好みは人それぞれですからね。あなたはそれを選ぶのか、なるほど。と」
自分の勧めた物を相手がどう受け取るのか、気になるのはボクも分かる。というかミリア隊長は、本当にナイフが好きなんだな。
そう感心して、ボクも「なるほど」と返した。
「親父さん、おいくらでしょうか?」
「長えのは五十エア。ナイフは十五エア」
客が買うと言っているのに、アッシさんはぶっきらぼうに言う。それがいつもなので、逆に微笑ましいくらいにしか思わないけれども。
「えっ、ボクのも買ってくださるんですか? それは悪いですよ」
「いや! 私もこれを買うので一緒に聞いただけです! お近づきの印にプレゼントしたい気持ちはあるのですが、そうすると食べる物が買えなくなります! いや本当ですよ!」
もちろん冗談だったのだけれど、ミリア隊長は慌てて言った。その反応が可愛らしくて、年上っぽいけれどますますからかいたくなる。
「そうですか残念です。ではまた今度、何か奢ってください」
「はっ、はい! 今度でしたら何か!」
この返事では完全に本気にしていそうだったので「冗談です、すみませんミリアさん」と謝った。
「いやあ、これはアビスくん。夫人に影響を受けすぎているんじゃないかな?」
「えっ? そんなことはないと思いますが」
フラウの名誉のために、もっとはっきり違うと言ったほうが良かったかもしれない。しかしなかなかこの二人を前に、団長や他の団員たちについて発言するのもなかなか難しかった。
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