第34話:アッシの店

 買い物をしようと、商店の多く集まる付近へ向かった。

 とにかくたくさんの商店がある通りなら新街区にあるのだけれど、ボクが向かったのは古街区こがいく旧街区きゅうがいくの境の辺りだ。


 カテワルトが今のように大きくなる前、この辺りは町の端だった。様々な職人さんが軒を連ね、港の周りに出る出店にも負けない賑わいだったそうだ。

 それはずっとずっと昔のことで、この十数年しか街を見ていないボクには想像もつかないが。


 相当に数は減っているらしいけれど、職人街は今も健在だ。その歴史を当てにしてわざわざ遠方から来る人も居るので、新しく開いた店もいくつかあるくらいだ。


 そういう品物の目利きなんてボクには全く出来ないが、大抵の物ならうちの団員の誰かが詳しい。だから今回はシャムさんに紹介してもらったことのある、刃物の店に入った。


「おう、坊主か。茶でも飲むか?」

「ありがとうございます。でもさっき、ご飯を食べてきちゃったんですよ」

「けっ、色気づきやがって」


 優しいんだかとっつきにくいんだか分かりにくい、店主のアッシさん。もうお爺ちゃんと言っていい歳だと思うけれど、お年寄り扱いすると怒る。


 刃物店とかアッシの店とか、そんな看板さえも掲げずに、気に入らない客だと平気で追い返してしまう。

 そういう人だから「この店にある物なら、どれを選んでも間違いない」とシャムさんが勧めてくれたのだ。


「今日はよく客が来やがる。厄日かね」

「一応それが商売なのでは?」


 冗談だったらしい。「はっ」と笑い飛ばされた。

 でも実際に、先客の姿が奥に見えた。ボクがこの店に来るようになって、一度もなかったことだ。


「おや? アビスくんじゃないか」


 振り返ったその先客は、ボクの顔を見るなりそう言った。

 誰かと思えばメルエム男爵だ。


「ここを知っているとは、さすがに通だね」

「先日はありがとうございました。ここは仲間の人に教えてもらったんですよ」


 若干の緊張を持って言うと、男爵が正面からボクの肩をぽんぽんと叩いて笑う。


「私も遊びに来ているだけなんだ。君がそんなだと私まで肩が凝ってしまうよ」

「何い? 遊びだあ?」

「いやっ! 真面目に選んでますよ!」


 聞き咎めたアッシさんに、男爵は必死で弁明する。落ち着いた人という印象の強い男爵の、そんな姿を見て思わず笑ってしまった。


「副長! どちらがいいと思いますか!」


 今まで屈んでいたのか、低い陳列棚の向こうに女性がぴょこっと顔を出し……。


 ミリア隊長じゃないか!


 まずい。こちとら盗賊団の団員。あちらは町の治安を守る、港湾隊の小隊長。もしも顔を覚えられていたら、とてもよろしくない事態になる。


「おや、お話中でしたか。失礼しました」

「いや構わないよ。先日知り合った友達でね、アビスくんというんだ」


 丁寧な紹介をありがとうございます。それではボクはこの辺で――といくわけがない。

 まさか顔を隠して挨拶をすることも出来ないし、覚悟を決めなければならないようだ。


「それはそれは。そちらに回りますのでお待ちを」


 来なくていいです。


 しかしボクの願いなど知るはずもないミリア隊長は、選択に困っているらしい二振りの剣を持って小走りにやってきた。


「国家六軍、メルエム副長配下、十人隊長をしておりますミリア=エルダと申します」

「これはこれはご丁寧に、アビスと申しますごにょごにょ――」


 と、聞こえるかどうか怪しい声で返すのがやっとだった。


「おや。副長のご友人にしては、恥ずかしがりやでいらっしゃる」

「ミリアくん?」


 いつもそういうやりとりをしているのか、はっはっはっと二人は笑った。どうやらボクの顔を覚えてはいないようだ。


「しかしアビスか。どこかで聞いたような名前です」

「そうですかっ? よ、よくある名前ですし!」


 うちの団員は、特に団長は、盗みに行った現場でも平気で団員の名を口に出す。ボクであればアビたんのように愛称だからまだいいが、あれはあらためたほうがいい。

 そうすれば今ボクが陥っているような、精神を擦り減らす事態にもなりにくいだろう。


「そうかもしれません。いや、それは置いても顔が――」

「はいっ?」


 これは終わった……。名前はともかく、顔は言い逃れが出来ない。


「割と小官の好みです」

「はぇ?」


 空気の抜けた、情けない声が漏れた。正体がばれたのでなく、何やら全く別の話をされたとはっきり認識するには、少しの間が必要だった。

 ともかく、ボクのことを記憶してはいないらしい。ほっと胸を撫でおろした。


「ミリアくん。君、いくつだったっけ?」

「副長! それは副長であっても、言ってはならないことです! それ以上言うなら、副長の年齢も公開していただきますよ!」


 ミリア隊長はボクとそれほど変わらないと思っていたのだけれど、この慌てようからすると、見た目よりも上なのだろうか。

 それに男爵の年齢も確かによく分からない。仮にも副軍団長なんて役職の人が十代のはずはないが、そうだと言われれば信じてしまいそうだ。


「剣を選んでいたのでは?」

「そうでした。この二本のどちらがいいか、副長にご意見をいただこうと思っていたのですが。よろしいですか?」


 ミリア隊長が言ったのは要するに、折角お話をしていたのに割り込んですまないという話だ。しかしそれは男爵にでなく、ボクに向けられていた。


「もちろんです。ボクなんてお気になさらず」


 ミリア隊長も男爵ももう一度「悪いね」と断ってくれて、それからすぐに良いほうが決まったようだった。

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