第33話:団長の頼み

「行ってくるといいにゃ。あたしたちみたいな身の上で、要塞都市へはなかなか行きにくいにゃ。色々見てくるといいにゃ」


 ワシツ夫人の招待でジューニへ行くことを、団長はあっさり認めてくれた。止められるとも思っていなかったが、ここまで勧められるとも思っていなかった。


「いつ発つにゃ?」

「フラウのほうも、例のユーニア子爵へ連絡さえつけば問題はないみたいで、明日の朝からになりました」

「夫人が連絡をつけてくれるのにゃ。親切な人にゃ。一人で大丈夫かにゃ?」


 そう聞かれて、まだ少年と呼ばれてはいても法律上は大人なんだが、と反発を覚えた。でも考えてみれば、この盗賊団に入ってこっち、長距離を移動するのに一人だったことはない。

 子ども扱いされても仕方がないか。


「大丈夫ですよ。男の子ですから」

「そういうのを大声で言われてもにゃ」


 咄嗟に、言われた意味が分からなかった。

 要塞都市へ、団に入って初めて一人で――と、今回の要件を確認していって、フラウに同行するという項目を挙げたところでやっと分かった。


「違いますよ!」

「そうだにゃ。一人じゃなくて、フロちと一緒だったにゃ」


 下に走ったかと思えば、また頼りないという話に戻ったらしい。


「そうですね。面倒を見てもらいますから、安心してください」


 拗ねた風に言うと、団長は「いや」と否定した。


「誰が死んでも仕方ないけどにゃ。アビたんは気をつけるにゃ」

「誰が死んで……。どういうことです?」


 突然に何を言い出すのか。人が死ぬと聞いて、話の流れからは例のフラウについて噂されている件しか思いつかなかった。

 貴族の間では有名らしいが、ボクは全く知らなかった。でも団長なら、知っていても不思議はない。


 だとすれば、団長はフラウがその件について何かをしていて、今回も同じようなことをすると考えている。ということだろうか。

 そういう話であれば、団長の言い分であってもボクはすぐに肯定が出来ない。ワシツ夫人もボクも、フラウがそんなことをしたとは全く考えていない。


 喫茶テルモを出て宿でフラウと別れたあと、先にどこかへ行っていたはずの、ワシツ夫人の侍女に出会った。

 その時に初めてアンと名乗った彼女は、ワシツ夫人からの伝言を聞かせてくれた。


 今回ボクを招待するのは、フラウをワシツ夫人の手配の中で動かす意図があるのだと。主役はあくまでボクで、それに同行させる形をとるための方便ということだ。

 そうやってフラウの行動を管理下に置いておけば、何かあった時に彼女は何もしていないことを証明できる。


 しかし同時にそれは、フラウの周囲で何かが起こるのを予想しているということでもある。

 フラウは何者かの隠れ蓑に利用されている。ワシツ夫人はそう考えているとのことだった。


「団長は、フラウが――」

「あたしにはさっぱり分からないにゃ。想像ならいくらでもできるけど、にゃ」


 ボクの言葉を遮って、団長は座っていた椅子から立ち上がった。そのまま真っ直ぐボクの目の前に来て、両手のしなやかな指でボクの顔を挟む。


「だから見てきてほしいにゃ。アビたんの、で」

 確かに団長は言っていた。色々見てこい、と。白黒をつけられる何かをボクが見てくれば良いのだと、そういうことか。


「――分かりました」

「フロちのことを頼むにゃ」


 頼む、と。団長に言われたのは、何回目だっただろう。もしかして初めてだろうか。その言葉を噛みしめている間に、団長はするりとボクから離れ、トイガーさんを呼びつつ部屋を出て行った。

 それが何か重要な話なら格好良いのだけれど、団長が続けて言ったのは「今日のおやつは何にゃ?」だった。

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