第30話:執事のお仕事ー3

 被害報告を薄紙に書き留めて、執事は愕然とした。


 最初に尾行をさせたのが四人。ウナムに同行させたのが三人。屋根から侵入させたのが八人。それ以外にクアトとドゥオを入れて四人。執事を除いても、二十人も動いた計算になる。


 ある程度の規模の山賊をものともしていないという事前情報はあったものの、総勢で何人居るのかは未知数だった。だからいつもの細かな仕事ではあり得ない、多勢を繰り出したのだ。


 しかしその結果はどうだ。

 救出はしたものの捕縛されていた者が三人、重傷者は五人。三人の死者まで出した。戦闘に関して信頼を置くウナムも含め、怪我をしていない者は居ない。


 唯一、執事自身はバックアップに徹したために無傷だが、心理面はズタズタにされたと言って良い。


 強がりでも何でもなく、昨夜の人員が最精鋭で万全の態勢かといえば、それは違う。

 しかし同じような面子で、初めて訪れた小さな砦を落としたこともあるのだ。それが全く通用しないなど考えてもいなかった。


 クアトに依れば、相手は盗賊団だと名乗ったらしい。


遊撃ゲリラ戦はお手の物ということでしょうか」


 そうだ今朝の報告をまだ聞いていなかったと気付いて、手近に居た小間使いにクアトを呼ばせた。


 ――すぐに戻ってきた小間使いと一緒に、エプロン姿のクアトが来た。掃除中だったらしい。


「手を止めさせて申し訳ないですね」

「いえ、そろそろお呼びだろうと思っていましたので」


 言いつけた用事が済んだら、すぐに報告に来いとは躾けていない。よほど緊急でもなければ、こちらが聞くまで通常業務をするように言ってある。


 だからクアトが掃除をしていなかったはずはないし、本人もそれを否定してはいない。想定して動いていたから気にするなということだ。


「それなら結構。それで、どうでした?」

「先方はこちらの要求を飲んでくださいました。具体的には、そちらの好きにしていいとのことでした」


 ふむ、と執事は顎に手を当てた。

 クアトの性格に難はあるが、不要な嘘を吐いたりする人間ではない。その彼女の報告を疑う理由はない。


 しかし口約束はおろか、きちんと書面を交わした契約でさえ破られることが当たり前の世の中だ。相手がその通り言うままにしてくれるかは、半分ほどに考えておくべきだろう。


 その程度ならば、そもそもクアトを使いに送った意味がない――ということはない。人の心理とは繊細なものだ。破ると確定している約束でも、いざその時までは遵守する構えを見せたいものだ。

 今はそれで十分だった。


「分かりました、結構です。それと今朝は一つ聞き忘れていましたが」


 執事はそこで一旦、言葉を切った。作業をしていた立ち机から離れ、クアトの真横にまで足を進める。


「メイという娘。次は大丈夫ですか?」

「初見では醜態を晒しまして申し訳ございませんでした。しかし次は十分にご期待に沿うことが可能かと」


 執事は咳を払い、質問の仕方を間違えたことを示した。主人の好みに合う返事はそうではない。


「次に戦う時は殺せますか?」


 横目でクアトの表情を窺うと、すましていた顔に歪んだ感情が溢れ始める。上がりきった口角と、とろけそうな目をした娘はおもむろに言った。


「――当たり前じゃないか。あたいを誰だと思ってるんだい?」


 目を瞑って数回頷くと、執事は元の立ち机へと戻った。


「大変に結構です。掃除を続けてください」

「畏まりました」


 クアトは頭を深く下げて、静かに部屋を出て行った。


 さて、私も忙しいですね。


 仕事が増えたのを、面倒だとか辛いとか感じはしない。しかしいくら効率よく進めても、使える時間は有限なのだ。間に合うのかが心配にはなる。


 人を増やしておきましょうかね。


 普段の執事が眠るのは午前二時ころで、起床は午前五時だ。昨日に至っては一睡もしていない。


「当面の手配は、二日も徹夜すれば終わるでしょう」


 これからの行動を書き出した執事は、満足そうに呟いた。

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