第27話:摩訶不思議なワシツ邸
車止めに並んでいたエコリアの一つに乗せてもらった。ワシツ家の私物だそうだ。
昨日のコンケさんのエコリアと、客車内の広さは同じくらいだろうか。でも内装の豪華さが比較にならない。
このつるつるの壁面――手を触れたら怒られるんだろうか。
あちこち眺めていると、入り口の外にいかにも近所の娘さんという感じの人が二人立ち止まった。
「失礼致します」
声を揃えて言った二人に、ワシツ夫人は頷きを返す。するとそのまま二人は客車に乗り込んできた。
「先に言っておくべきでしたね。護衛です」
ボクの顔に「誰だ」と書いてあったのだろう。ワシツ夫人は使用人に向ける厳格な顔に、少しの笑みを加えて言った。
「じゃあずっと近くにいらっしゃったんですね。全然気づきませんでした」
「それが務めですから」
それが護衛だと周囲に悟られては変装している意味がない、か。それはそうだ。
そういうつもりで言ったのではないが、護衛の二人にとって褒め言葉になったらしい。彼女らは頭を下げ、ワシツ夫人はまた少し笑みを深めた。
それからしばらく、エコリアは街中を抜けて岩盤回廊を走った。
回廊の幅はかなり広く、エコやエコリアが走るのとそれ以外とで、通る場所も明確に分けられている。
だからといって滅茶苦茶な速度で走ることもなく、洞門の側面から見える景色を眺めながらの、ちょっとした旅気分だった。
首都の城郭内に入るのは、普段ボクたちが通る門とは違う場所だった。きっと貴族やそれに準じる人たち専用なのだろう。
それでも一旦は扉が開けられて、ワシツ夫人の顔が確認された。夫人も門衛の人に「ご苦労さま」と声をかける。
その門から更に内壁を二枚越えたところに、ワシツ邸はあった。
敷地はあまり背の高くならない植物を使った生垣で囲まれていた。近くの他の邸宅を見てもそうだが、普通はレンガや石を使った塀で囲うものだ。少なくともボクは初めて見た。
珍しいというか面白いというかだったので、一応は言葉を選んで「清々しそうでいいですね」と言ってみた。
「本当はもっと低くして、開放的にしたいのですよ。でもそれでは周りとのバランスが悪いから控えてくれと言われたそうで」
褒めてくれてありがとうとは言ってくれたものの、意外にもまだ不満があるみたいだった。
確かにこの辺りを怪しい人物がうろつくことは少ないかもしれないが、絶対にないとは言い切れない。
今の状態でも強引に植物の枝葉を避ければ中を覗けそうなのに、そもそも視線を遮らないのでは、色々とまずいのではないかと貴族でないボクでも思う。
ましてやまかり間違って、それが流行しでもしたら困った問題になるだろう。
玄関に通されると、装身具店で別れた侍女が迎えてくれた。
「エリアシアス男爵夫人。ご友人のアビスさま。当家にようこそいらっしゃいました」
おや? 普通は先にワシツ夫人に挨拶をするのではないのだろうか。ワシツ夫人も全く気にしていないようだし、間違えたのでもなさそうだ。
今になって、こちらに聞こえないように「お帰りなさいませ」と言っているし。
どうもワシツ家は、独特の作法や流儀があるらしい。ボクはそもそもそういったことに疎いから、変わったことをやられるとどうしていいか分からなくなりそうだ。
ああでも、屋敷の中はそれほど変わった様子はなさそうだ。貴族の家をそれほど見慣れてはいないけど、想像の範囲内だ。
安心して応接室へ案内されている途中で気付いた。
ボクたちは、ワシツ家私有のエコリアでここに来た。カテワルトと首都との間を走るエコリアもあるが、いつでもタイミング良く乗れるほどの便数はない。
あの侍女は、どうやってここまで帰ってきたんだろう?
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