第21話:能ある者は

 ぐいぐいと、シャムさんは両手を縛る糸を引っ張った。弾性はあるものの、それで緩ませたり出来るほどではないようだ。


「無駄だと言っておるだろう。そんなことをすれば、余計に締まっていくだけぞ」


 試したいなら存分にやってみろといった風に、侵入者は腰に手を当てて立ち止まった。


「いや、もういい」


 にやと笑ったシャムさんに、侵入者は「はっはっ」と豪快な笑いを向けた。


「豪胆なことよ。覚悟を決めたからといって、笑うとは。いや良いぞ良いぞ。男とはそうあるべきだ」


 豪胆と言うならあなたのことだろう、と思う。

 余裕綽々というか、隙だらけというか。ボクを数えないのは当然としても、他の団員の誰かが助っ人に来ていたらどうするんだろうか。


「それほどでもない」

「まあ、そう――」


 おもむろに侵入者は右腕を振り上げ、正しく渾身の力を拳に込める。

 全く身動きのとれないところにそれは、さすがのシャムさんでも……。その一瞬でシャムさんが倒れるさま、力尽きてこと切れるさまが脳裏に浮かんだ。


「謙遜するでないっ!」


 唸りをあげて、力を注ぎこまれた一撃が叩き込まれる。

 と、僅かに先んじて、シャムさんは一度体を捻じり、その反動で全身を回転させた。同時に長い脚を蹴り上げ、腕を束縛していた糸を断ち切る。


「ほう、面妖な……」


 シャムさんが軽業師のように跳ねて二、三歩分の距離を取ると、侵入者は頭を押さえ、足元を少しよろめかせていた。


「蹴りまでくれていくとは」


 そうなんだ――見えなかった。


 そう発言するだけの間は空いたが、前後不覚になった相手を放っておくシャムさんではない。さっきのお返しとばかりに、思い切り振りかぶった拳を侵入者の腹へ突き入れる。


 右、左、右、右、左。そして、右。侵入者が膝を突き、嘔吐する。

 下がった後頭部に容赦なく踵が落とされて、侵入者は顔から地面に突っ伏した。


「――どっちがタフだ」

「え? ああ」


 そういえば、シャムさんの強靭さを褒めていたっけ。

 侵入者は、ぴくりとも動かない。でも気絶しているだけのようだ。


「大丈夫か」

「ナイフを取られただけです。シャムさんは?」


 ごきごきと首を鳴らしてボクのほうへ歩いてきながら、シャムさんは「問題ない」と言った。


「足にまでは気が回らなかったみたいですね」


 シャムさんの外見はハンブルと大差ない。首回りと脛にマフラーのような、或いは長い靴下のような毛があるだけ。これは期せずして、団長と全く同じだ。


 しかしそれでも、足だけはキトンと同じく音を立てない構造になっている。

 もしかすると世の中には例外も居るのかもしれないが、これまでに純粋なキトルで足がハンブルと同じというのは聞いたこともない。


 キトンと同じ足ならば、出し入れ自由の鋭利な爪も、また同じく持っている。シャムさんは侵入者の糸を、その爪で切ったのだ。


「キトルの知り合いが居ないんだろ」


 覆い靴オーバーブーツの先を指で触りながら、シャムさんはこともなげに言う。皮肉とかではなく、何の気もない世間話的な受け答えで言っているらしい。


「少し切れた」

「ああ――爪を使うとほとんど毎回ですね。どうにかならないものですかね」

「大したことじゃない」


 どうにかできそうなものだけれど、靴職人のキトルというのも聞いたことがない。どういう構造にすれば良いかの想像もつかないボクとしては「そうですか」としか返事が出来なかった。

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