第20話:執事のお仕事ー2

 執事は夜の闇に立って、まるでそれが一つの塊のような建物の群れを見下ろしていた。


 古い建物ばかりで、人が住み、人が使っているものは数えるほどしかない。自分もこれらの仲間なのだがと考えると、寂しさよりも先に同情のようなものが湧いてくる。


 老いることは、十全に機能を果たせなくなることは避けようがない。しかしそれを、造った人間は、使っていた人間は、どうして最後まで面倒をみないのか。


 砕いて捨てるのでも良い。関わった人間の誰かが、最後を見届けてやるべきではないのか。


 そんなことを考えて、それは単に自分の行く末を案じているだけではないか。自分が誰にも顧みられることがなくなった時の、布石を打とうとしているだけではないかと思い至った。


「私はまだまだ、先を見ていなければ」


 誓いめいた言葉を絞り出したと同時、特に注目していた建物から轟音が響いた。

 部下の入っていった入り口の隙間からは、僅かながら砂煙のようなものが吹き出している。


「ほっ」


 やはり相手は只者ではないらしい。その事実に、執事は心に満ちていくものを感じた。


 フラウの手紙には、山賊の規模までは書かれていなかった。しかし貴族のエコリアを襲う度胸のある山賊が、小規模であるはずはない。

 そこからたった四人でフラウを救出した、年若い者たち。それが一筋縄でいく相手である可能性は低い。


 それが主人に伝えた意見だった。

 今のところフラウやその周囲に対して何ごとかを感じ取っている様子はないが、それが表立ってからでは遅い。最も早く火事を鎮めるには、火がおきる前に水をかけてしまえば良いのだ。


 そう進言して、その実行のために来た。

 やはり間違っていなかった。となれば、あとは完遂するのみ。


「ヌラさま」


 気持ちを引き締めたところに、伝令役が来た。頷いて、話して良いと示す。


「ウナムさまを除いた三人は全滅にございます。天井の全面を覆っていた岩塊を落とされました」

「なんと、いきなりですか」

「面目もございません」


 伝令役はウナムたちを視認出来る、ぎりぎりの位置に居たはずだ。それなのにこの男も、いくらかの傷を負っている。

 こちらがまだ、ただ侵入しただけの段階で察知したことも見事だが、初っ端からそんな大仕掛けを使って来るとは肝が太い。


 いや――思っている以上に、こちらの臭いを感じているのか?


「分かりました。お前は止血して、外に回りなさい。ウナム一人ならば、どうとでもするでしょう」


 伝令役は二人一組で、監視している実働部隊と執事との連絡役をこなすのはもちろん、危急の事態には実働部隊の側が何も言わずとも援助を要請したり、直接の支援を行う。


 監視する対象がウナムだけであれば、むしろそれは彼の枷になるだろうと執事は判断した。


「ああ、もう一つ」


 立ち去ろうとした伝令役を、執事は呼び止める。


「お前の相棒はどうしました」

「は――何ですか、掃除をしてくると仰いまして」


 伝令役は一瞬言い淀んだが、黙っているわけにもいかない。おそるおそるといった感を出しながら言った。

 またかと呆れる気持ちがないではなかった。しかし、それもあれの持ち味というものか。その分はあとでみっちり叱れば良い、と納得することにした。


「分かりました。行きなさい」


 伝令役は頷いて、闇に溶けるように消えた。


「展開が早い。例の件も実行する必要がありそうです。急がせなさい」


 ここに来てからずっと傍に控えていた、ドゥオに命じた。

 ドゥオは短く答えると、伝令役と同じ様に素早く闇の中へ消えていった。同じでなかったのは、気配どころかそこに居た痕跡さえも消していったところだ。


「さて次は何をしてくださるんでしょうね」


 見せ物を楽しむ心持ちで、執事は布に隠れた口もとをほころばせた。その次の瞬間には、執事は件の建物へと跳んだ。

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