第19話:絡み始めた糸

 シャムさんと侵入者が、口と拳による理解し難い会話をしている間、ボクもただ見ていたわけではない。


 二人はずっと、拳や蹴りを打っては離れ、打っては離れを繰り返している。

 それはもちろん演武のように決まった位置を往復するのでなく、相手の攻撃を避けることと次の攻撃に繋げることとが最大限に行える場所を、見極めながら移動している。


 拳による痛撃を加えるという、似たような戦い方をしている両者だから、同じような位置取りをするのかと思えばそれも違った。


 侵入者のほうは移動にも攻撃にもフェイントを入れて、相手の攻撃は最低限の動きでかわすことを考えているらしい。

 だから位置取りも相手を正面に見るのでなく、斜め前、それもどちらかと言えば自分の右手前方に相手を置きたいようだ。


 一方シャムさんは、相手の攻撃を受けるなり捌くなりして止め、その箇所を封じてから渾身の一撃を加えたいらしい。

 ということは常に相手を正面に置き、最短距離で攻防を行いたいということだ。


 ――それで?


 それが分かったから、どうだというのか。

 どれだけ分析をしたとしても、ボクの戦闘技術でこの二人に割って入るなど出来ない。もしも無理にそうしたら、味方であるシャムさんに不利な展開になるだろう。


 ならば……。

 割って入らなければいい。


 ただ見ていたわけではないと言ったのは、そういう意味だ。見て、分析をしていただけでなく、それが生かせる位置にボクも移動していた。

 どう生かすのかというと


「うわあああ!」


と雄叫びを上げながら、ボクの目の前に晒された侵入者の背中へナイフを振り下ろす。

 せっかく忍んだのだから黙っていればいいのだけれど、我慢出来なかった。そうしなければ、相手を殺すことになるだろう一撃を繰り出すことが出来なかった。


 大丈夫。侵入者も明らかに驚いている。このタイミングで避けられはしない。


 ………………。


 情けないことに、大声を上げたうえに目まで瞑ってしまった。

 でも、だからと言っておかしい。ナイフに何の手応えもない。それこそ何か魔法でも使わなければ、避けられるはずはないのに。


 魔法使いなのか?


 そんな馬鹿なと目を開いてみると、ボクの持ったナイフは侵入者の衣服に届くかどうかのところで止まっていた。

 侵入者はボクのほうへ向き直り、悠々とナイフの刃を握る。


 焦って刃を引こうとするがすさまじい握力で、もう微動だにしなかった。


「良いぞ良いぞ。拙の動きを読んで、移動してくるだろう場所に潜んでいたと見える。その戦略といい、気配と足音を消す術といい、誠に良いぞ」


 侵入者はそのまま、ボクの顔をじっと覗き込んでくる。後ろにシャムさんが居ることを忘れたかのような大胆さだ。


「ただ……」


 残念そうに、声が低く変わった。


はかりごとは密やかに、心静かに行うものだ。そうせぬから、それそんな物で絡められる」


 言われて、視線の先を追った。


「いつの間に!」


 ボクがナイフを持つ左腕。そこに糸が巻き付いていた。その行く先を視線で辿ってみれば、男の左腕があった。


「何、大した物ではない。エコのたてがみを、より合わせてあるだけだ。人の力では切れぬが、この刃ならば容易く切れたものをな」


 本当に残念だったと、侵入者は芝居がかった口調で言った。


 確かにボクの体は、左腕しか束縛されていない。ナイフの刃を抑えられていなければ、右手に持ち替えることだって至極簡単だった。

 今となっては、全く身動きできないが。


 しかも、その糸が捕えているのはボクだけではなかった。侵入者の左腕の更に向こう、シャムさんは柱と天井を経由した糸で、両手両足の自由を奪われていた。

 それこそいつの間に、だ。


「さて。ヌシの力は気にせずとも良いようだ。これだけ奪っておけばな」


 驚いているボクの手から、ナイフが抜き取られる。侵入者はすぐさまその刃を、力尽くでぐりぐりと捻じ曲げた。

 思わず背がびくりと動く。この男、単純な力も尋常じゃない。


「ではそちらのヌシ。そろそろ決着をつけさせていただこうか」

「どこからでも来い」


 侵入者は最後通告をシャムさんに投げかけた。それに対して、どうしたって強がりとしか見えないセリフをシャムさんは返した。

 まるで街中を散歩しているような、涼し気な顔で。

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