第18話:戦闘開始

 ああそうか。

 これまでずっと目にしてはきたものの、一度も使われたことのない、あれを使うためか。

 一階の床に、砂利が撒かれていた理由に気が付いた。


 それはシャムさんとメイさんが広間を出てしばらくしたあと、実際のこととなった。足元からすさまじい地響きが、音と振動とで伝わってくる。


「何人かかったかにゃ」

「あれを避ける相手ならば、引き締めてかからなければならないですにゃ」


 酒の肴として二人が語っているのは、階下の罠のことだ。

 この建物はとても古くて、奥のほうは以前から崩れてしまっている。そこから大小の瓦礫を集めてきて、中央通路の天井を一面覆うほどに設置してあった。


 出かける時には毎回その下をくぐるのでなかなかにスリルがあるが、これまで小石一つ落ちてきたことがないほどきっちり設置してあった。


 その罠の下をある程度進むと、発動させるための細いロープが何本も張ってある。ロープと言っても髪の毛を数本寄り合わせたほどの太さしかなく、しかも砂利でカモフラージュしていれば闇の中でハンブルが見つけられるものではない。


 更に砂利を踏む音は、引っ掛かったロープが走って罠を発動させる音を掻き消してくれる。


 その通路にある窓は、板戸を外から打ちつけている。そんな場所で突然に天井の全てが落ちてくるようなものだから、普通に考えて逃げる術などありはしない。

 想像するだけで震えがきそうだった。


「さてアビたん。シャムちのところに行ってみてくれるかにゃ? 相手の身元を調べてきてほしいにゃ」


 半円を描くように反った刃を持つ、二本の短剣を抜いて団長が言った。トイガーさんは、何かの資料だろうか、薄紙の帳面を抱えて団長の座る椅子の横に並んだ。


 シャムさんは一階へ行っているはずだ。ここもどうなるか分からないから、戦闘は任せてボクは調査に行けということか。


 まあ――それが分相応なのだろう。納得はするが、役に立てないと悔しく思う気持ちも大きい。しかし今そう言っても始まらないので、素直に「行ってきます」と一階へ降りる。



 手近な階段を下るには下ったが、罠の発動した場所へすぐには行けない。いくつかの隠し扉を通って、やっと中央の広い通路に出た。


 まだ粉塵が、もうもうと舞っている。

 うわあ、と思うやいなや。空気を切り裂く音が聞こえて、壁に貼り付いた。


 するとボクが一瞬前まで立っていた場所――からはだいぶん離れたところを、人の頭ほどもある白い塊が飛び去った。

 それが随分向こうで床に落ちたのだろう。重そうな音が響く。


 いや、音はそれだけではない。ボクのほうに向かってきたのがそれだっただけで、風を切る音と岩石の砕ける音、拳で激しく打ちあい、目まぐるしく移動する足音が聞こえた。


 腰のナイフを抜いて、音のするほうへ向かう。

 見えた。瓦礫で一段高くなってしまった、凹凸だらけの床の上で争う二つの人影。

 一方はもちろんシャムさんで、もう一方が侵入者。色の濃い薄手の衣服に、顔にも布を巻いている。


 これは暗殺者とか、そういう職業の人に違いない。まさか港湾隊なのかと途中まで考えていたが、その可能性も消えた。


 ボクは戦闘が、人を傷つけることが嫌いだ。もちろん団員のみんなだって好きでやってはいないと思うけれど、何か目的のために避けられないことは、あって当たり前だと考えているだろう。


 それも理屈では分かっている。でも染み付いた性分を、そう簡単に変えられるものじゃない。

 ただ、そこに居る相手は間違いなくこちらを殺しに来ている。物盗りの可能性もゼロじゃないが、この建物を見て「何か良さげな物がありそうだ」と誰が思うものか。


 ボクが一人、戦うのは嫌だと言ったところで、この相手は何だってしてくる。そういう相手なら、ボクもどうにかしなきゃ仕方がないじゃないか。


 ――我ながら「よし、やってやる」で済むところを、面倒な言い訳が必要なものだと思う。そう嫌気を感じながら、また隠し扉の中へ戻った。


 とにかく急いで建物の入り口側、侵入者の背中側へと回り込む作戦だ。二人は打ちあっていて、立ち位置なんて何度も入れ替わっているが、侵入者がどちらの方向へ注意を払っているか考えれば、それが正解だろう。


 別の隠し扉から、中央通路へ戻った。今度は完全にあさっての方向だが、大きな瓦礫が飛んできた。どうやら牽制のためにシャムさんが投げているらしい。


 ボクが通路から出てきたら飛んでくるって、まさか狙ってるんじゃないよな。


 ともかくさっきよりも距離が近く、二人の様子も細かく見えた。

 それで分かったが、相手もシャムさんと同じく徒手空拳かと思えばそうではなかった。両腕に籠手を着けていて、右の拳の先には金属製らしい棘が付いている。


 棘は、指の太さで一本半くらいの長さだろうか。安物の防具なんかによく付いているこけおどしの飾りではなく、あれで殴られれば骨を砕かれ、肉を削がれるだろう。


「ああ! 腹の立つ!」


 それまで一言も発することなく打ちあっていたのに、侵入者のほうが大声を出した。


「どうしてそう打たれ強い。全く以て腹の立つことだ!」

「そいつは悪かった」


 場にそぐわない理不尽なクレームを、面白いと思ったのだろう。シャムさんも律儀に答える。


「違う!」

「あん?」

「どれだけ打てば倒れるのかと、いくらでも打ち込みたくなるではないか!」


 巻いた布の下で、侵入者はどうやら笑っているらしい。


 ああ……そういうタイプか。


 しかし侵入者が言うのも間違ってはいない。ボクが見ている間だけでも、シャムさんが攻撃を一回当てる間に侵入者は四、五回当てている。ボクの目には、どれが有効打でどれが防御されているのか区別がついていないから、あまり当てにならないが。


「生憎、それに付き合ってやるほど暇じゃない」

「そうであろうな!」


 お互いの突き出した拳と拳がぶつかりあって、何か破裂したような音が通路に響き渡った。

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