第17話:何者かの襲撃

 ほくほくした顔、だっただろう。

 満足していると自覚して、団長たちの居る建物に戻ってきた。


 荷物を持っていただけだが、買い物に付き合った。メルエム男爵のおかげとは言え、食事中の会話も楽しかった。それに何と言っても、宿屋の中に送り届けたフラウが、また扉の外まで見送りに出てきてくれた。


 これはボクだけが楽しんでいたのでなく、フラウも楽しんでくれていた証拠と言っていいんじゃないだろうか。

 鍵のかかっていない扉に手を伸ばすと、触れるよりも先に開いた。


「お帰りですにゃ」


 どうしたことか、開けてくれたのはトイガーさんだった。彼女がボクを待っているなんて、ましてや入り口まで出迎えるなんて、今までに一度もなかったことだ。


 ああ、ちょうど出かけようとした時にボクが帰ってきただけか。


 危うく、うぬぼれで恥をかくところだ。


「どうしたですにゃ? 早く入るですにゃ」

「すみません。ボクが居たら出られないですね」

「うん? 吾輩はどこにも出かけないですにゃ」


 おや? と思ったが、いずれにせよ、いつまでもここに居るのもアレだ。建物に入ると、トイガーさんはわざわざ扉を閉めてくれた。


「団長が待ってるですにゃ」


 あからさまに訝しんでいるボクの態度などお構いなく、二階に上がるよう急かされた。「団長が?」と聞き返しても「そうですにゃ」としか返ってこない。


 違う、団長がどうしてわざわざ待っているのか聞いてるんだ。


 それは確かにこの建物の中に、団長の私室なんてものはない。だから居るとしたら広間か、そこに近い寝床のある部屋かではあるだろう。

 しかし今トイガーさんは間違いなく、団長が待ってると言った。たまたまそこに居るのではなく、ボクを待ち構えていると。

 聞いても答える気はないようなので諦めて、通路を奥へ進んだ。


 じゃり、と。足の裏に細かな石を踏む感覚があった。


 この通路だけでなく、建物全体はお世辞にも綺麗に掃除されてはいない。砂利があってもおかしくない風体であることは認める。

 しかし今日出かける時に、この感触はあっただろうか。


「余計なことはいいから、早く行くですにゃ」


 余計だったらしい。常日頃から「何にでも注意を払っておいて損はないですにゃ」と言っているのはトイガーさんなのに。


 などと拗ねるほど、ボクは子どもではない。そういうことがあったと覚えておくだけだ。

 ――その記憶が生かされる機会は、永遠にないだろうけれども。


 広間は奥まったところにあるので、それから少しばかりトイガーさんと一緒に歩いた。

 隣を歩く彼女に、普段と何ら変わった素振りはない。強いて言えば、一緒に歩く機会そのものが珍しいというくらいだ。


 もちろんそのまま何ごとがあるわけでもなく、広間に着いた。開け放たれた扉の向こうに、団長とメイさんがいつもの場所、シャムさんが横の壁にもたれかかっているのが見えた。

 メイさんは宣言通りにお土産を大量に買ったらしく、テーブルの上とメイさんの周りにはその戦果が山と積まれている。


「おおアビス」

「ただいまです」


 ミーティアキトノでは少数派の、男性キトルであるところのシャムさんが手を挙げて声をかけてくれた。食べ物に関してはメイさんの好敵手であり理解者だけあって、まだ何やら手に持ってもぐもぐやっている。

 あれでどうして、すらっとした体型を維持出来るんだろうか。


「アビたん、お帰りにゃ」


 団長もそう言ってくれたが、視線は窓のほうを向いていた。板戸が閉まっていて、外が見えるはずのない窓だ。


「団長。アビスに虫が付いていたですにゃ」

「えっ」


 言われて、そんなものがどこにと探してみたが、見当たらなかった。

 どうも言葉通りの意味ではないらしいが、どうしたんだろうか。トイガーさんにしても団長にしても、全く要領を得ない。


 たぶん要領を得ていないのは彼女らではなく、ボクのほうなのだろうけれど。


「やっぱりそうだったかにゃ」


 団長がいつものにこやかな顔から、更に笑みの成分を増していく。


「誰だか知らないけど、ここがどういうところか存分に教えてあげるにゃん」


 団長の言葉に、シャムさんとメイさんが「あいよ」「みゅっ」と返した。


 少なくとも、あの山賊たちではないのだろう。団長の言葉からはそう思える。

 ――誰だか知らない何だか分からない相手が、何かをしている。事態はさっぱりだが、一つだけはっきりしていた。


 その誰かは、無事では帰れない。

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