第2章:長き洞門の小舞曲
第14話:執事のお仕事ー1
執事の男は、自身が仕える家の階段を上っていた。
主人が待つ部屋までの距離は、それほどのものではない。その短い時間で、主人に何と報告するかを考えなくてはならなかった。
話の向きとしては単純だ。先ほどこの屋敷を訪れた二人の少女が、首都を出るまで追跡した結果を言うだけだ。
一人が別件とやらで他方に向かい、もう一人はカテワルトに帰っていった。
しかしそれでは、子どもの使いというものだ。
執事の仕事は主人が命じた内容を適任者に伝え、子細に調整の必要があればそれを行い、命じられた内容が完了すれば結果を確認して主人に報告する。
それらの中に執事の職分を越えるものがあれば主人に相談しなければならないが、この件はそうではない。たかが小娘の追跡結果だ。
当家に何の縁もない少女たちの来訪目的は、こちらは縁のあるフラウという少女からの手紙を届けることだった。
返答どころか、フラウからの手紙を執事が勝手に見ることは出来ない。封の表に書かれたサインが本人の物と確認だけをして、手紙を主人に手渡した。
結果、返信を主人が
これは全て主人が子細まで命じたので、その通りにしただけだ。
執事が悩むのは、このあとだ。
フラウからの手紙の内容を大まかに聞き、追跡を命じられたので手配して、今しがたそれも戻ってきた。これをこのまま「少女らは無事に首都の外へ出て行きました」などと報告しても意味がない。
いやもちろんその事実は伝えるが、それだけでは駄目なのだ。
主人はきっと、あの少女らは何者かと聞くだろう。
それに対して今は、フラウからの連絡にあった通り、フラウの危機を救った平民と答えるしかない。
それがことの全てならそれで良い。実際にそうとしか考えられないとも思える。そも、フラウに関わった者全ての素性を調べるなど不可能だ。
しかしもしも間違っていたら――。
執事の主人が、ミスに対して寛容か否か。正直に答えるとすれば「何とも答えかねる」としか執事は言えない。
主人は起こった事態に対して自分なりの判断基準を設け、それによって対応を変えるのだ。それは誰しもそうではあろうが、主人はある種で独特だった。
普通そういう場合、あるケースにおいて応と判断がされたなら、そこから別件についても類推が可能だろう。
けれども主人はそうではなく、執事にもどこが違うのか分からない二つのケースにおいて、一方を否、一方を応とする場合が往々にしてあるのだ。
その辺りを知っている一部の者は、主人を指してあれは気分屋だと言うこともある。
しかしそうではない。執事が主人の判断基準を知ろうと、あらゆる側面からの状況を記録している帳面によれば、全くの同条件であれば主人は先回と異なる結論を出すことはないのだ。
それはむしろ、誰もが意図せず行ってしまうことはあるだろう、その時々での判断の揺らぎさえ主人には存在しないということだ。
主人が決して善人でないことは知っている。貴族としても、まだまだ小さな家だ。
しかしそれでも、主人がその限られた裁量の中で優れた判断を下していくのを見られるのは、執事にとって至上の喜びだった。
主人が幼少のころ、その当時の主人から教育係を命じられた時には、既に執事は老骨と呼ばれ始めていた。それからずっと見てきたのだ。
あの幼子が、これからまだまだ大きく成長していくと考えれば。
自分はまだまだ、それに手を貸すことが出来ると考えれば。執事にとってそれに勝るものはない。
さて。此度は坊ちゃまに及第点をもらえますやら。
執事は一つ咳を払って、主人であるブラセミア・アル=ユーニア子爵が待つ部屋の、重く真っ黒な扉を押し開けて言った。
「閣下。ご報告でございます」
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