第13話:真摯な男爵

 メルエム男爵の分も注文し、料理が来るまでの間は男爵の自己紹介があった。

 聞けばこのハウジア王国を守る軍隊のうち、第六軍の副軍団長だそうだ。


 貴族の位階と役職とのどちらが重視されるのか知らないが、それってすごく偉い人じゃないか。こんなところへ護衛もなしに、一人でふらっと来ても大丈夫なのか?


「私を護衛する適任者というのは、なかなか居なくて」


 それとなく聞くと、少し困ったように答えが返ってきた。

 本人が途轍もなく強くて、それより強い人が居ないということだろうか。武人としては華奢に見えるのに、性能は埒外ということか。


「それで君は? 貴族ではないようだが、商人かな?」

「そう。私もそれを聞いていたところなんです」


 男爵の質問を追いかけたフラウの言葉は、男爵を面食らわせた。


「失礼だが夫人。ご友人では?」

「違いますわ」


 優しそうな男爵の目がすっと細くなって、口からは「ほう」と剣呑な雰囲気を纏った音が発せられる。


 これはもしかして貴族の未亡人を誑かす、詐欺師か何かと思われてないだろうか。

 フラウの返答もまた、わざと変に誤解させているような言い回しにも取れる。悪ふざけとかでもないんだろうけど……。


「いや、あの」


 弁明の言葉を探していると、フラウから微かに笑声がこぼれてきた。

 男爵も気付いて二人で顔を見合わせると、我慢しきれなくなったように、フラウは「うふふふふ」と声をあげて笑う。


 悪ふざけだった。


「相変わらず、夫人はお人が悪い」


 察した顔をして、男爵は小さく笑った。

 男爵の口ぶりからすると、こういう悪戯はよくあるようだ。やれやれ――。


 フラウを救出するまでのことを大まかに説明すると、男爵は着席したままながらも頭を下げた。


「すまなかった。夫人はこの通りとても美しいものだから、怪しげな者が寄ってくることも多い。それらと君のように勇敢な少年を誤るとは、本当に申し訳ない」

「そんな。結局ボクが出来たのはついていくところまでで、最後は捕まっちゃいましたし」


 自嘲気味に笑い、頭なんて下げないでほしいと言った。すると男爵は勢い込んで言う。


「それが大事なんだ。ああ、いや。危険を冒すのを賛美するつもりもないんだが……。ただ例え天下無双の豪傑であっても、敵がどこに居るか分からないでは倒しようがない。御者の男の判断は平民として正しく、全く責められるものではない。しかしそれでは、きっと今ここに夫人は居ないだろう。君は英雄の決断をしたんだ」


 そこまで言うと、男爵は席を立った。


「剣を持たない者を守るのは、私たちの仕事だ。それなのに君は、中でも私の友人である夫人を助けてくれた。あらためて礼を言わせてほしい、ありがとう」


 言って、男爵はまた頭を下げる。その光景に、周りからまた少しざわめきが起こった。その潔い姿勢は素晴らしいとは思うけれど


「男爵、お気持ちは分かりましたから。とりあえず座ってください。何だか恥ずかしいです。お願いします」


男爵ははっと気付いて「ああ――そうだな。重ね重ね、すまない」と座ってくれた。


「とても真面目な方なの」

「よく分かりましたけど、勘弁してください」


 恐らく故意に、気取った素振りでフラウは笑った。いかにも「冗談よ」と言わんばかりに。

 団長ではないけれど、本当にお姫さまみたいだ。それも物語にある、お転婆で周りを困らせるタイプの。


「あ、ああ。それで、君の仲間というのは? キトルと聞いたように思うが、何をしている人たちなのかな?」


 気まずかったのだろう。取り繕うように――そうだとしたら下手な裁縫だが――男爵は話題を元へと戻した。


「ええと……珍しい品物を手に入れて、売ったりする、かな?」

「なるほど、高級珍品専門の商人か。さすがにキトルの集団だけある」


 納得し、興味を惹かれたらしい。男爵の表情がぱっと明るくなった。


「まあ、そうなんですか?」

「ええ。キトルの多くが高級市民であることはご存知だと思いますが、その財力の他にも、彼らは独特の嗅覚を持っています」

「嗅覚?」


 男爵がいいように解釈してくれているのは助かるが、その単語だけはどういう意味で言っているのか分からず、その仲間であるはずのボクが聞き返してしまった。

 まさか本当にメイさんのことを言っているのではないだろうけれども。


「もちろん肉体的なものではなくて、意識的な――感覚的なものかな。彼らの好奇心はハンブルが見逃してしまう物でも、たちどころに正体を暴いてしまう」

「なるほど、そういう部分はあると思います」


 キトルは出自的に、神官であったり貴族であったり富豪であることが多い。まずうちの団員はそのどれでもないのだが、性質として男爵の言ったことは当たっている。


 うち以外のキトルの集団を知らないので断言は出来ないけれど、きっとどこもそうなのだろう。


「うん。君のような人と知己であれば、夫人が暇に飽かして悪戯を仕掛けることも減るに違いない。ぜひこのまま、良い遊び相手になって差し上げてほしい」


 どうも初対面のボクが居るから手加減しているようだが、フラウと男爵はかなりくだけた会話の出来る関係を築いているらしい。


「ええとそれって――ボクが被害を受ける分には構わないと言ってませんか?」

「どうやら頭の回転も速いようだ」


 男爵がにやり笑うと、フラウは「何て酷い言われよう」とそっぽを向いてしまった。しかし横顔が、あからさまに笑いを堪えていた。



 ――物語に出てくる、周囲を困らせるお姫さまには二通りある。一つは、その行為で周りの人物が辟易している人。もう一つは、困ったものだと言われながらも周りに愛されている人。


 フラウは一体どちらだろう。ボクには今のところ、後者に思えていた。

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