第9話:団長の罠

 ボクたち全員。つまりミーティアキトノの団員が家と呼ぶべき、朽ちかけた石造りの建物。

 その二階の広間にある、擦り切れた大きなソファ。そこがボクのお気に入りの場所だ。


 例えば団長は広間に入って正面の大きな椅子がそうだし、トンちゃんは窓に近い一人掛けのソファ。メイさんは団長の椅子の脇に敷いてある絨毯の上がそう。


 無意識に人と被らないようにしている部分もあるのだろうけれど、それぞれ好みに違いがあって面白いと思う。


「さてアビたん。おうちに帰って、伸び伸びしてるところを悪いんだけどにゃ」


 本当にぐいっと伸びをしているところにそう言われて、少しばかり顔を赤くした。


「な、何でしょう」

「夕方になったら、フロちと晩ご飯を食べに行くにゃ?」

「ええ、そういう約束をしましたよね」


 もののついでだからと、四人全員でフラウを宿まで送って行った。

 そこでうっかり「お部屋も見てみますか?」などとフラウが言うものだから、団長を筆頭に好奇心旺盛なうちの団員が遠慮なんてするはずもなく、みんなで見学に行ったのはご愛敬ということにさせてもらおう。


 ――ボクも行ったし。


 そこでフラウが手紙を書いて、トンちゃんとメイさんはそれを届けに行っている。ユーニア子爵という家だそうだが、聞き覚えのある家名ではない。


 フラウ自身は宿に引きこもった。当人が疲れたと言っていたせいもあるし、万が一にも山賊たちが意趣返しを企まないとも限らない。


 しかし宿の中に食事をする施設はないので、それだけは外に出る必要がある。だから今後の目途がつくまで、ボクたちが同伴することにしたのだ。


「ここに呼んであげられれば良かったんですが、そういうわけにもいかないですよね」

「あたしは構わないけどにゃ。貴族のフロちが嫌がるんじゃないかにゃ」

「ですね」


 フラウがこの建物に泊まっていくのなら、貴族御用達のレストランとはいかないまでも食事は出せる。

 まあそれも団長の言う通り、貴族のフラウの口には合わないかもしれない。


「何です?」


 団長の耳が、ぴこぴこと忙しく動いている。山賊の洞窟ならともかく、ここに興味を引くような珍しい物なんてないのに。


「いやにゃ、フロちには何も隠さなくていいから、色々教えてあげるといいにゃ。ずっと一人で居るなんて、寂しくて話し相手が欲しいはずにゃ」

「そうかもしれませんけど、いいんですか?」

「いいにゃ。それと女は、自分のことを聞いてほしいものにゃ。込み入ったことはいいから、普段何をしてるかとか聞いてあげると喜ぶにゃん」

「なるほどです。実は何を話せばいいか迷ってたので助かりました」


 同伴は交代制で、最初はボクと決まっていた。一緒にメイさんくらい来てくれれば良かったのだが、早く戻れたとしても団長が他に用事を頼みたいらしかった。


「それと、交代制は嘘にゃ」

「えっ!」

「可愛い女の子をエスコートする嗜みくらい、持っておくにゃん」


 とろけるような流し目でそう言われると、咄嗟に次の言葉が出てこなかった。そういう経験がないのは事実でもある。

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