第7話:埋葬

「うう、ごめんみゅう」


 うるうると目を潤ませて、メイさんがすり寄って来る。


「本当に怒ってませんから、もう謝らないでください。あれはボクの勝手な判断でやったことで、むしろボクが怒られるくらいを覚悟してたんです」

「本当に怒ってないみゅ? メイは嫌われたら嫌みゅ」

「大丈夫ですよ」


 このひと月ほど、ボクが旅路を共にしていたのはメイさんだ。そのメイさんはボクがエコリアを飛び降りた時、あれだけの振動と他の乗客が騒いでいる中、ぐっすりと眠ったままだったらしい。

 街に着いて、ボクが頼んだ通りにコンケさんが経緯を話し、慌てたメイさんは団長に助けを頼んでボクのところへ駆けつけてくれた、という運びだったそうだ。


「それにしても、よくあとを追えましたね」


 コンケさんによろしくと言ったのは、あくまでも事情の説明くらいはしてもらったほうが良いと思っただけだ。助けてもらえるなんて、欠片も思っていなかった。

 山賊たちを追った距離はかなりのもので、助けようにもボクの行方が分からないだろうなとも思っていた。


「メイの鼻は特別みゅ」


 先ほどまでとは打って変わって得意そうに、メイさんは自分の鼻をつんつんとつついて見せた。

 確かにキトルの鼻はハンブルよりも格段に利いて、メイさんがその中でもずば抜けているのは知っていた。でもあれだけの距離を、しかも木の上を伝ったものを追えるとは予想外だ。


「おかげで助かりました。ありがとうございました」

「みゅみゅ! アビたんにお礼を言われたみゅ。だんちょお、メイは頑張るみゅ!」

「そうだにゃ。メイはすごいにゃ」


 ほとりで見ている団長にもにっこり認められて、メイさんは俄然やる気になった。その勢いでもって「しゃきーん」とわざわざ言って高く振り上げた腕を地面に叩きつけ始めると、みるみる穴が掘られていく。

 しゃきーんもだけど、掘り進めるのに「しゅばばばばばばば」と延々続く、自前の効果音は必要なのかな?


 ボクもメイさんには及ばないながら、持ってきたシャベルで別の穴を掘った。トンちゃんも手伝ってくれて、合計で四つの穴を掘った。

 燃え尽きたエコリアから少し離れた、その周囲ではひと際大きな木の根元。殺された人たちを埋葬する、墓穴。


 その穴に亡くなった四人を埋め、トンちゃん、メイさんと一緒に神さまへの祈りっぽいことをしておいた。神さまなんて大して信じていないボクがやって、意味があるのかどうかは知らないけれど。


 そんな埋葬作業の間、何も団長はさぼっていたわけではなく、助け出した女の子と話をしていた。


 それにしても「助け出した」というのが、全く以てボクのおかげではないのが悔しくてたまらない。いや別にボク自身の手柄として、悦に入りたかったとかではなく。

 ボクにとって誇らしい存在である団員のみんなと、ボク自身との間にある実力差というか能力差というか、一人で出来ることがどれだけ違うのかと考えると悲しくなるのだ。

 まあ、今そんなことを言っていても仕方がない。


「団長、終わりました」

「おやもう終わったのかにゃ。手伝わなくてごめんにゃ」

「いえそんな。一から十までボクの我が儘ですから」


 謙遜でも何でもなく、これは事実だった。ボクがエコリアを飛び降りなければ、縁のなかった件なのは言わずもがな。「とっとと帰るみゃ」と言うトンちゃんに頼んでわざわざシャベルを取って来てもらって、ちゃんと埋葬したいと言ったのもボクだ。


「気にしないにゃ。みんなのやりたいことを、みんなで叶えるのがあたしたちにゃ」


 何度も言われたフレーズだけれど、そう言われると――そう言われるから、ボクはあなたたちとずっと一緒に居たくなってしまうんだ。

 ボクがそんな風に毎度のおなじみとして感激し、お礼を言い出す前に「そんなことより」と団長は言った。


「フラウがお話してくれるそうにゃ」

「フラウって――あの子ですよね。お話?」

「助けたお姫さまの身の上話も聞かずに、ぽいと放り出すのかにゃ? ひいい、アビたんは冷たいのにゃあ」


 団長がいかにもわざとらしく、そんな風に言うので笑ってしまう。四人が亡くなったことさえ自分のせいのように感じ始めていた、ボクの気を紛らわせようとしているのだとしたら本当にすごい人だ。


 あらためてフラウを見ると、黒いドレスを纏い、街道を吹く風に裾と髪を揺らされるままにしていた。ドレスは移動用なのか作りも装飾も簡易なものだったが、その一つ一つは高額であると一目瞭然だ。

 ふと。ボクの視線に気付いたのか、フラウがはにかむように笑いかけてきて、揺れていた髪を押さえた。


 あ――。


 普段見慣れた団長や他の団員のみんなもそうなのだけれど。それとはまた全然違う。


 ――この子はなんて綺麗なんだ。


 その思いで、ボクの全身は支配された。

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