第4話:山賊の巣へ

 ふう。窮地は凌いだか。


 山賊だか野盗だか知らないが――面倒だから山賊でいいか――、男が女の子の首を絞め始めた時には焦った。女の子が気に障ることでも言ったのかもしれないが、首を絞めるなんて野蛮極まりない。


 山賊にそんなことを言っても、無理な注文というものかもしれない。そもそもさらってるわけだし。

 ともかく枝を揺らして大きな音を立てることで、気を逸らしてくれたようだ。風が吹くのに合わせたから、不自然でもなかったはずだ。


 そんな冷や汗をかきながら、ボクは大木の枝に乗っていた。

 森に入ってすぐに木を登り、一番高い枝を選んで渡って来るのはなかなか難しかった。仲間のトンちゃんならお茶の子さいさいという感じなんだろうけど、上手くいっているようだしボクとしては及第点だ。


 ここまで見ていた限り、山賊の集団は十二人。あとから合流したのも併せて十三人だ。後ろからだったので顔は分からないが、問題はないだろう。さすがに小綺麗な女の子と、小汚い山賊の区別くらいはつく。


 そうそう。最初に見たときは瀟洒な服装で大人の女性だと思ったが、何度か見えた顔からすると、ボクと同い年くらいの女の子だった。

 それでやることが変わりはしないが、目標を正しく認識することはきっと大事だ。


「さて、少し待つか」


 山賊たちは、あの岩の辺りで消えた。この付近によその土地へ通じているような大トンネルがあるとは聞いていないので、あそこがアジトで間違いないだろう。

 消えた十三人の他に、中にも留守番が居るだろうか。


 居るだろうな――。


 ということは、十五人から二十人くらいがあの中に居るわけだ。まさか留守番組のほうが大勢ということはないだろう。

 女の子と男が二人で残った時に助ける選択肢もあったかもしれない。でも自慢じゃないが、ボクは腕っぷしに自信がないのだ。残っていた男に勝てればいいが、勝てなかったらにっちもさっちもいかなくなってしまう。


 そりゃあ、焦る気持ちはある。

 もうすぐ、我が家とも言える場所に帰るところだったのに。わざわざエコリアから飛び降りて、何のためにここまで来たのか。

 力なく運ばれていく女の子の姿を思い出して、逸る気持ちを必死に抑えた。



 ――そのまま、一時間も経っただろうか。


「そろそろ、かな」


 いよいよだと気持ちに区切りをつけるためか、自分でもはっきり理由は分からないが、わざとらしく呟いて立ち上がった。

 音もなくとはいかないが地面までをひと息に降りて、慎重に例の岩に近寄ってみる。


 なるほどこれは、あると知っていなければなかなか見つけられるものじゃない。岩の色合いに微妙なグラデーションがかかっていて、奥――というか地下へと通じる岩の裂け目が、見えているのに判別がつきにくい。


 鋭角に曲がりくねった通路を入って行くと、すぐに真っ暗になった。が、問題ない。真の暗闇でもなければ、ボクの目にはちゃんと見えている。強いて問題を挙げれば世界が白黒になってしまうことだが、今は全く不利益にならないだろう。


 宴会?


 どう考えたって酒盛りだろうという騒音が響いていた。これなら少しくらいの物音を立てても、気付かれる心配はない。


 穴の中は、入り口からは全く想像できない広さがあった。

 岩の裂け目やら乱雑に積まれた木箱なんかがあって、身を隠すのに不自由はしなさそうだ。

 壁や床に不自然に平らな部分が多いのは、誰かが意図して作った洞窟ということか?


 でも、さっきの男たちではないだろう。あの人数でこれを作ろうと思ったら、何年かかることやら。

 穴の中だけあって扉もない、あっても筵が垂らしてあるだけの小部屋の前をいくつも通り過ぎた。


 見張りくらい居るだろうと思ったのに、宴会に夢中なのか?


 奴らは全員ハンブルだった。この中をうろつくには、明かりが要る。だから出くわすとしても、先にボクが気付くことが出来る。


 見張りを必要としない罠がある?


 いや、それはないだろう。見てきた限り、こんな穴の中にそんな気の利いた物はない。

 罠というのは究極的に、二つの目的しかない。一つは、獲物を仕留めること。もう一つは、行かせたくない場所に行かせないこと。


 そういう意味で言えば、扉だって立派な罠なのだ。それさえもない場所に、それ以上の罠を仕掛ける道理がない。

 これは理屈じゃなく、心理の問題だ――というのは全部、団長の受け売りだけれど。


 行く手に分かれ道があった。どちらを見ても通路の広さは変わらず、臭いも同じようなものだ。

 お酌をさせて喜んでいたりはしないだろうな。と考えて、賑やかでない右を選んだ。お酌で喜ぶのでなければ、どうして楽しむのかというのは考えないようにした。

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