第2話:燃えるエコリア
客車からはどうしたどうしたと騒ぐ声が聞こえるが、揺れが激しくて顔を出してまで聞いてくる人は居ない。
ボクももちろん、突然にどうしたことかと戸惑った。しかしそれもほんの数秒で、すぐに謎は解ける。
「燃えてる!」
「ああそうだな!」
速度を上げたエコリアは、赤い点にみるみる近づいていった。
それと共に、赤い点は燃え盛る炎で、燃えているのは街道脇に外れて倒れたエコリアだと分かった。
どうして火が。
エコリアが何らかの事故で横倒しになるのは、そうそうありはしないが珍しいというほどでもない。
しかしそこにあんなにも大きな火が点くことなど、普通はありえない。
照明用の器具から燃え移ったとしても、御者なり乗客なりが消火する。火が大きくなれば自分が怪我をするかもしれないし、移動手段を失うのだから当たり前だ。
「まさか、乗っていた人はみんな……」
消火する人間が居なければ、当然ながら火は大きくなる。ボクがそう言っている間にもエコリアは炎へと近づき、その勢いは増すばかりだった。
「そうじゃなさそうだ!」
独り言のつもりだったのに、耳に届いたのか律儀にコンケさんが返事をしてくれた。が、その内容はボクの考えを否定するものだった。
じゃあどうして――と燃えるエコリアやその近くを見据えると、複数の人間がばらばらに倒れているのが目に入る。
投げ出されたのか、それとも――考えているうちにエコリアは猛る炎の横を通り、走り抜ける。
「あれは!」
過ぎ去っていく方向を振り返ったボクは、木立の間に見た。
剣のような武器を持った男たちと、大きな袋を引き摺って森の奥へ行こうとしている男。それに何より、黒い服を着た女性を引き摺る男。
「コンケさん、止まって!」
「馬鹿を言うな! あんな貴族のエコリアを襲う奴ら、こっちが殺されちまう!」
「でも女の人が!」
「無理だ! すぐに詰所に行くのが一番なんだよ!」
それでは見殺しじゃないか。
一瞬、コンケさんを責める黒い気持ちが大きく湧いた。
しかし、それは仕方のないことだった。このエコリアにも乗客が居る。
こちらが狙われたのならともかく、関係ないのに車輪を止めて、その乗客に被害が出たら。
コンケさんが必死の形相でエコリアを走らせながら、「すまない、すまない」と言い続けているのが口の動きで分かった。
無理は言うものじゃないな。
そう心に思うと何だか気持ちがすっきりして、ボクのやるべきことが見えた気がした。
「コンケさん、連れによろしく」
猛スピードで走るエコリアの御者席から、ボクは身を躍らせた。
「ばっ――!」
馬鹿野郎とでも怒鳴られたのだろうか。
コンケさんの声が車輪の土を噛む音に紛れ、そのまま彼方へと運ばれていった。
止まる様子もない。それでいい。
もしボクが死んでも、
なんて、格好をつけている場合じゃなかった。とりあえず着地しなければ、女性がどうのこうのの前に普通に死んでしまう。
背中から地面に叩きつけられる直前、全身に捻りを加えて空中で態勢を整えた。体を半回転させる反動で速度を殺し、両手両足で着地出来るように。
柔らかそうな草むらへ無事に着地すると、ふっとひと息吐いてすぐに駆け出した。今持っている唯一の武器らしい武器、腰の後ろに付けたナイフを手の感触で確かめながら。
さっき見た連中は山賊だろうか。山刀のような武器を持っていたのはそれほど多くなかったが、そこへボクが一人で行ってどうすることが出来るだろう。
乗っていたエコリアが止まらずに走り去ったことで、警戒を解いていてくれればまたやりようもあるかもしれない。
現に燃えているエコリアの周りには、もう彼らの姿は見えない。
ボクが飛び降りるまででも、燃えている場所まではいくらかの距離が開いていた。仲間内で遅いほうのボクの脚では、気が急くばかりだ。
――辿り着いたエコリアの周りには、先ほど見たとおりに人が倒れていた。
軽装鎧の男性と、メイドっぽい初老の女性。それにこれは御者だろうか、きっちりとした身なりの男性。まだ十歳くらいの子供が居るのは、小間使いか。
誰もが死んでいて、それはきっと腹や肩にある大きな傷が原因だろう。
「そういえば貴族って――」
コンケさんが言っていた。
エコリアを走らせながらすぐにそう言い切ったということは、恐らくこのエコリアに大きく入った紋章が、どこかの貴族の物なのだろう。
見たものを全てこんな風に言ってしまうと、まるでボクがゆっくり検分でもしているかのようだがそうではない。
生きている人が居ればとぐるり見回して、視界に入った情報だけだ。
残念ながら、みんな死んでいるらしい。
そう、最後にもう一度確認したのは、ボクの悪足掻きだ。
「ごめんなさい。あとできちんとしますから」
ボクのせいでないのは分かっている。それでもとても悲しくて、無力感に苛まれて謝った。
それに、今は生きている人を優先しなければならないことも。
連れ去られた女性のところへ一秒でも早く行かなければと、男たちが入った森の中にボクは足を踏み入れた。
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